先祖返りの町作り
第199話 誓いの口づけ
それから3年の時が流れ去った頃。
私はダイガクの研究チームを2つ作り、
同時進行でエンジン本体と、
トランスミッションの開発を続けていた。
研究は現在までの所、
おおむね順調に推移している。
またこの頃、リノアさんは第1子を出産していた。
生まれた子供は女の子で、
後にタニアと名付けられた。
現在0歳の、玉のような赤ちゃんだ。
生まれたばかりのタニアを抱かせてもらい、
ご満悦の表情をしているであろう私に、
ユキムラがある提案を始めた。
「大おじい様は、
最近ちょっと働き過ぎだと思います。
お父様と相談して、
長期休暇を取られてはいかがですか?」
私はそれもそうかと考え、
早速長期休暇を取得して、
クリスさんとイチャコラするため……ゴホン。
ではなくて、顔を見るために島の里を訪れていた。
(やはり、高速道路と魔力ジドウシャを作って、
本当に良かったですね)
旅行が格段に楽になった事に、私は満足していた。
そして今は、二人で仲良く手を繋ぎながら、
里の中を散策している。
そうしていると、
私はある少年がしている仕草に気付き、
クリスさんに質問をする。
「クリスさん。あの男の子は、
いったい何を噛んでいるのですか?」
「ああ。あれはゴムですね。
ああしていると空腹が少しまぎれるのです」
私はそれに思い当たるものがあり、
クリスさんにあるお願いをしてみる。
「できれば、あれを作っている所を、
見学させてはいただけませんか?」
「かまいませんが、
あれを噛んでも味はしませんよ?」
そしてゴムの木と呼ばれている樹木から、
白い樹液を採取している所を見学した時、
私は思わず感嘆の声を上げていた。
「素晴らしい……。間違いありません。
これは『ラテックス』です!」
ラテックスとは、
天然ゴムの原料となる樹液の事だ。
つまり、今までの代用品ではなく、
本物のゴムが作成可能となる。
「らてっくすですか?」
クリスさんが不思議そうに首をかしげる。
「ああ。すいません。
昔の言葉でこの樹液の事をそう呼ぶのです。
これさえあれば、あれが作れますね」
「ヒデオ様も、あれを噛んでみたいのですか?」
私は首を振って否定する。
「いえ。そうではなくて、もっと別の」
私がそこまで言うと、
クリスさんは私の話を遮って話を続ける。
「まあ! では避妊具にお使いになるのですね。
嫌ですわ。私はヒデオ様の子種を、
ちゃんといただきたいです」
とんでもないクリスさんの勘違いに、
私は思わず頬を染めながら否定を重ねる。
「いえ。そうではなくて、もっと別の」
「まあ!
では別の女性に使うつもりなのですね!!
それなら、これは絶対に渡せません。
ええ。ええ。
里の皆にもきつく言い含めなくては」
勘違いが続くクリスさんの様子に、
私は思わず額に手を当てて天を仰いだ。
「お願いですから、
避妊具から離れてください……」
「え? 違うのですか?」
「ええ。私が使いたいのは、
魔力ジドウシャの車輪にですよ」
そう。まずはゴムタイヤを作ってみたいのだ。
私がそう述べると、
彼女もやっと自分の勘違いに気付いたようで、
頬を染めながらうつむいてしまった。
私はここで、
時が来たら言おうと思っていた内容を、
思わずポロッとこぼしてしまう。
「それに私はもう、
クリスさん以外の女性に、
私の子供を産んで欲しいとは、
思っていませんよ……」
その発言を聞いたクリスさんは、
がばっと顔を上げて、私に確認をとる。
「ヒ、ヒデオ様!! 今の発言は本心ですか!?」
それを聞いた私は、
ああ、言ってしまったなとここで気付き、
ありのままの本心を伝える。
「ええ。本心です。
ただ、もう少しだけ待っていただけませんか?
私の夢に手が届きそうな所まで来ているのです。
全てが片付いたら、
私はあなたの所有物となるために、
必ずあなたの元を訪れますから」
「はい……。はい」
クリスさんは、涙をぽろぽろとこぼしながら、
私の求婚に応じてくれる。
「ただ、その時には、
あなたも私の所有物になってもらいますね」
私が照れ隠しにそう言うと、
クリスさんは嬉しさのあまり、
泣き崩れてその場にしゃがみこんだ。
私は彼女の強さに心惹かれた。
しかし、今だけは、
弱弱しく泣き崩れるその姿がとても愛おしくて、
私も膝立ちになって彼女をやさしく抱きしめた。
クリスさんは私の胸でしばらく泣いていたが、
まだうるんだ瞳で私を見上げて、
こう、おねだりを始めた。
「ヒデオ様。
そのような幸せな未来のためであれば、
私は万の時を超えてでも待ち続けて見せます。
でも、一度だけで良いのです。
その誓いの証を、口づけを、
してはいただけないでしょうか?」
(そ、その顔でのおねだりは反則です。
そんな表情で言われてしまっては、
私は地獄の果てまで赴いて、
魔王ですらも倒してしまいそうです)
私はそれに答える代わりに、
目を閉じ、そっと顔を近づけていった。
ここにその誓いが成立した。
その瞬間、私達の周りからは全ての音が消え、
お互いの鼓動の音だけが鳴り響いていた。
もっとも、実際にはこのシーンを目撃していた、
ラテックスを採取していた里の皆から、
暖かい祝福を受けていたようであったが、
それは後になって判明した事である。