先祖返りの町作り
第130話 見送りは笑顔で
それからさらに、3年が経過した頃。
エストは既に、73歳を迎えていた。
この国の平均寿命から考えれば、
かなりのご長寿になるまで、
頑張ってくれていた。
さすがに、最近では体も弱り、
数年前からだんだんと寝込む日が増えた。
それでもなお、
散歩ができないなら食事だけでもと、
私のために、健康に気を使い続けてくれている。
そのあまりにもな健気さに、
私への愛情の巨大さに、
私の感謝の気持ちは、もはや天井知らずである。
ここまで約束を果たし続け、
頑張り続けてくれているエストのためにも、
なんとしてでも、あの約束を果たさなければと、
私は日々、覚悟を重ねていた。
そうやって、
エストはゆっくりと年を重ねていたが、
それでも、時の流れは残酷である。
少しずつ体が弱っていき、
近頃では、ほとんど寝たきりになっていた。
そんなある日。
主治医の見立てでも、私の見立てでも、
今夜が旅立ちの日であろうと予想された夜、
家族一同でエストの寝室に集まり、
その時を待っていた。
ゆっくりと寝息を立てるエストの隣に私は座り、
微笑みを浮かべながら、
その様子をじっと眺めていた。
エストの愛情に応えるのは、今夜だ。
今夜しかない。
そう覚悟を決め、微笑み続けて、
その時をじっと待った。
やがて、エストは目を開け、
ゆっくりと私の方へ振り向き、
とても気軽な様子で語り掛けた。
「ちょっと、メイやお父様達に、
会いに行ってきますね」
まるで近所に挨拶にでも行くような様子で、
そう言うと、静かに息を引き取った。
その最期の瞬間まで、
少しでも私を悲しませまいとする、
その愛情の深さに、
私も持てる愛情を総動員して、微笑み続ける。
「いってらっしゃい。エスト。
今まで、本当に」
そこまで言った瞬間に、
目に熱いものが溜まり始める。
私はあわてて天井を見つめ、
それを無理やりひっこめる。
エストが望んだ別れは、こうではない。
断じてない。
私は再び笑顔を作り、続きを語る。
「今まで、本当に長い間、お疲れさまでした。
これからは、ゆっくりと休んでください。
あなたのこれからの旅が、
少しでも良きものになるように、
ずっと祈っていますね」
頬を一筋だけ伝い落ちた熱いものを、
袖口で強引に拭い去り、私は約束通り、
できる限りの笑顔で見送った。