先祖返りの町作り
第101話 二度目の恋
それから数か月が経過した。
当初の予定では、既に帰っているはずだったが、
里の皆やクリスさんに引き留められて、
ずるずると滞在日数を延長していた。
結局、エダマメが食べられる時期まで、
滞在してしまった。
私は、いつものようにクリスさんの小屋で、
会話を楽しんでいた。
「ヒデオ様、エダマメの塩ゆでは、
とても美味しいですね」
「ええ。止まらない美味しさですよね」
私は少し苦笑しながら、注意をする。
「エダマメはとても美味しいのですが、
食べ過ぎて、
来年の分の大豆がなくならないように、
注意してくださいね」
私と共にいられる時間が増えたためなのか、
最近のクリスさんは、すこぶる機嫌がいい。
毎日、とてもうれしそうなクリスさんには悪いが、
さすがにそろそろ帰らないと、
家族が心配する。
「クリスさん。大変申し訳ないのですが、
連絡もせずにずっと滞在していては、
家族が心配してしまいます」
「でも、今回の滞在では、
余裕をみて日程を組んでいるのですよね?」
「そうなのですが、さすがに延長し過ぎています。
もう帰還しませんと」
クリスさんは、エダマメに伸ばした手を止め、
真面目な表情になって、二度目の求婚をする。
「ヒデオ様。私とめおとになりましょう。
ずっとここで、楽しく幸せに暮らすのです」
私は目をつぶり、しばらく考えてから返答する。
「魅力的な提案ではあるのです。
ですがやはり、私は夢を捨てきれません。
返事は待っていただけませんか?」
「その夢は、
どの程度の時間がかかる見込みですか?」
「早くても、後200年といった所でしょうか」
クリスさんは、少し寂しそうな表情をした後、
一つ頷いてから、了承の意を示す。
「私も寿命が長いのです。
ヒデオ様の夢が成就するまで、
ずっと待っていますね」
そして、また鼻をぷくりと膨らませ、
ふんすーっと、鼻息を荒くしながら、
宣言する。
「でも、私はただ待つだけの女には、
絶対になりませんよ?
いつか必ず、ヒデオ様を篭絡して見せます」
私は少し微笑みながら、それに返答する。
「それは少し怖いですね。
クリスさんほどの美女に、
篭絡されてしまうと、
私は骨抜きにされてしまいそうです」
クリスさんも微笑みながら、応える。
「ええ。骨抜きにして差し上げます。
覚悟しておいてくださいね」
私達は、そうやって微笑み合いながら、
語り合った。
(なんだかんだで、私の夢を応援してくれて、
ずっと待っていてくれるなんて、
けなげでかわいい人です。
なんだか、ドキッとしてしまいしそうです。
これは本当に、
篭絡されてしまうかもしれませんね。
しかし……)
私はそのまま考えを進め、
そこで初めて、
自分の隠された本心に、気付き始める。
(いつか、全てが終わって、楽隠居するとしたら、
やはり私の里で暮らしたいですね。
祭司長様とずっと二人で……)
ここで、思わずハッとなる。
(え? ずっと二人で、ですか?)
私はこの時になって、ようやく、
心にずっと引っかかっていた、
モヤモヤの正体に気が付く。
(もしかして、私は、
祭司長様を母ではなく、一人の異性として、
愛しているのでしょうか?)
心の中でだけ、頭を振って否定しようとする。
(しかし、祭司長様は、私を異性としては、
見てくれないでしょうね……)
私を小さい頃から、一番見守ってくれたのは、
他ならぬ祭司長だ。
彼女は、私を息子としては、
愛してくれるだろうが、
夫として意識してもらえるとは、
とうてい思えない。
こうして、ようやく自覚した、
私の二度目の恋は、苦い思いから始まる事になる。
私が思わず、少し苦い顔をしてしまったのを、
クリスさんは、別れを惜しんでいると、
解釈してくれたようで、特に不審がられなかった。
その後、再び数年おきに訪問する約束を、
クリスさんと結び直し、
私は数日後には、ガインの町への帰路に就いた。