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先祖返りの町作り

第16話 名前

夕方まで歩いて、シユス村に到着した。
今世で初めて見た畑に、
ちょっとテンションが上がる。

(里の食事もうまいですけど、
 この世界の栽培された野菜って、
 どんな味でしょう?)

ちらほら見える、農作業中の村人達の中には、
なんだか農民にしては、
やけに鍛えているように見える人が、
ちょいちょい見える。

(あれが、
 自由民の自警団の人達なんでしょうね)

何もこんなへき地に村を作らなくてもと、
思うかもしれないが、
何らかの理由で国から逃れ、
自由民となる人が、一定割合いるそうだ。

借金が返せなくてとか、あるいは、
犯罪者が投獄されるのを恐れてとか。

そのため、自由民への過去の詮索は、
マナー違反のようだ。

魔物を定期的に間引かなければならない、
この世界では、少人数の村では、
魔物の襲撃から自衛できない。
そのため、村が離合集散を繰り返し、
ある程度の規模を、維持するそうだ。

村に近付くと、外で遊んでいた子供に、
驚いた顔で話しかけられる。

「こんにちは。おにーちゃん。
 もしかしなくても、隠れ里の人?」

ファーストコンタクトは成功だ。
不審がられたり、
避けられたりしなくて良かった。

私は言葉遣いを崩し、
できるだけフレンドリーに会話する。

「こんにちは。うん、そーだよ」

「私はミルってゆーの。
 おにーちゃんの名前は?」

名前と言われて固まった。

(ヤッベ。私には名前がないのでした)

成人したら考えようと思っていたのに、
いつの間にかすっかり忘れていた。

後から考えれば、適当に祭司と名乗るなり、
正直に名前をこれから決めるとか、
言えばよかったのに、
あせってぐるぐる空転する頭で、
とっさに答えてしまった。

「ぼくの名前は、ヒデオだよ」

言った瞬間に、強烈に後悔した。

(いくらなんでも、ヒデオはないでしょうに)

漢字で英雄。
どっかのメジャーリーガーでも、思い出したのか?

「なんだか、不思議な感じのする名前だね。
 隠れ里っぽくて、いい名前だと思うよ」

「ありがとう。
 ミルちゃんの名前も、かわいい響きだね」

心の中で、

(ないわー。超ないわー)

と繰り返していた名前だが、
意外とこの世界では、
ウケがいいのかもしれない。

ちなみに、隣で荷車を引くアルスさんは、
今とっさに名付けたのに気付いたようで、
少しニヤリとしている。

「村長さんの家に泊まるんでしょ?
 隠れ里の事、お話してくれない?」

「うんそうだよ。お話は喜んで」

そう言うと、笑顔になったミルちゃんは、

「皆に知らせて来るね!」

と言って、走り出した。

こういう村には宿屋がなく、
旅人は広めの邸宅がある、
村長が泊めてくれるらしい。

のんびり歩いていると、牛を見つけた。

早速、いくつか質問してみた所、
だいたいの牛や馬は農耕用で、
年を取ったらつぶして食べる事もあるが、
食肉用に飼育している訳ではないらしい。

王国には畜産業もあるが、
基本的には貴族向けのようだ。

魔物肉が安く手に入るので、
牛肉は高級品だとか。

「お貴族様は、魔物肉食わないからな」

アレンさんに言われて驚いた。
魔物肉は、下賤な平民の食材という認識らしい。

「魔物肉、うまいのに。
 もったいないですよね?」

アルスさんも同意している。

そろそろ夕食の支度が始まっている民家は、
木造平屋建てではあるが、
里の掘立小屋と比べると、
かなりしっかりとした住宅だった。

内装も見てみたかったが、

(村長宅で、見れば良いだけです)

と考え直した。

途中、私を見かけた人が皆驚いた顔をする。
子供の一人が指さして、
母親らしき人になにか聞いている。

恐れられている感じがしないのには、
胸をなでおろしたが、
珍獣扱いされているようで、落ち着かない。

(歩いてわずか一日の距離の住人が、
 そんなに珍しいのでしょうか?)