先祖返りの町作り
第15話 旅立ち
私の成人式がつつがなく終わり、
今は出発の日を待っている。
前回のアレンさんの訪問時、
「次はこの里を出ますので、
王国まで同行をお願いします」
とお願いしている。
里には干し肉等の保存食がない。
温暖なこの里では、
森の恵みがいつでも手に入るため、
必要以上に食料を確保して、保存するという、
意識がないためだ。
自由国境地帯をつっきる街道の近くには、
森があり、狩りや採集をすれば、
食料は手に入るらしいが、
食料を調達しながら移動するのでは、
時間がかかり過ぎるため、
携帯食料が必要になるようだ。
私も前世を含めて、野営の経験はないため、
私の自作の魔石を、2つ前金として渡して、
その辺りの準備をお任せした。
それからしばらくたって、
アレンさんがやって来た。
アレンさんは40代半ばになっていて、
そろそろせがれに後を継がせるからと、
ここ数年で顔なじみになった、
息子さんのアルスさんと来ていた。
アルスさんは、丁寧な物腰の紳士だ。
そして翌日、今は市の時間だ。
最初はいつものように見学していたが、
(この風景を見るのも、これで最後ですか……)
そう思うと、
涙が出そうになったので、
慌てて小屋にもどって引きこもっている。
(今ならまだ間に合います。引き返すべきです)
という、心の叫びを無理やり無視して、
眠れぬ長い夜を過ごした。
やけに長く感じた夜であったが、
それでも時間は過ぎて行く。
朝食を取る気にもならず、じっとしていると、
アレンさんが呼びに来た。
「そろそろ出発だぞー。
行くにしろ行かないにしろ、
覚悟は決まったか?」
(ああ。ついにこの時が来ましたか。
もう答えは、とっくに決めています)
身の回りの品を入れた袋の肩紐を担ぎ、
最近すっかりご無沙汰だった弓を持ち、歩き出す。
「その荷物からすると、行く事に決めたんだな。
絶好の旅立ち日和じゃねぇか。
そんなに死にそうなツラすんな」
そして荷車まで行くと、
里の皆が見送ってくれていた。
皆泣いているが、誰一人、
止めるような言葉はかけてこない。
(ああ。この里の皆は、これだから)
あったか過ぎて、決意が鈍りそうだ。
祭司長が一歩前に出て、
優しい顔と声で語り始めた。
「今じゃから言うが、
外のものから見ると、わしらの魔力は強大じゃ。
そして、先祖返りはさらに強大な力を持つ。
しかし、おぬしは、
わしから見てももっと強大じゃ。
おそらく、外のものから見ると、
バケモノじゃろうな。
いくら好きな事とは申せ、鍛え過ぎじゃ。
愚かもの」
(この言葉を、生涯忘れません)
そう心に決めて、黙って聞く。
涙を気合で我慢しようとしたが、
意味はなかった。
すぐに涙がこぼれ、次から次へと流れだす。
「強大過ぎる力を持つものは、
おそらく恐怖の対象になる。
もしかすると、排斥され、
殺されるやもしれん。
いくらおぬしが強いというても、
四方八方から数で押されれば、
負けるじゃろう?
外で暮らしたかったら、
可能な限り力を隠せ。
できるだけ無害な存在である事を示せ。
よいな?」
今までで一番優しい「よいな?」に、
さらに涙が溢れてきて、黙って頷く。
今は声が出ないので、それしかできない。
「おうおう。幼子のように。
しかし、そこまで里を思ってくれるなら、
こうしたらどうじゃ。
どうせ、行き先を決めていない旅じゃろう?
5年に一度程で良い。
里に帰って、外の土産話をしておくれ」
(そうか、そうですよね)
私は何を勘違いしていたのだろうか。
これが今生の別れではない。
(さみしくなったら、無理せず、
里帰りすれば良いだけじゃないですか)
ようやく涙が止まった私は、できる限りの笑顔で、
出発の挨拶をする。
「祭司長様、皆さん。
今まで長い間、本当にお世話になりました!」
深く腰を折り、そして外の世界へ向けて出発する。
何度も振り返り、手を振りながら移動する。
(そうです。もう前だけを見つめるのは止めです。
私はいつでも、後ろを振り返っていいんです。
この大切な故郷には、
いつでも逃げて帰って来られます)
さあ、冒険の始まりだ。