先祖返りの町作り
第17話 魔術師と魔導士
やがて村長宅に着くと、
年の割に背筋が伸びて、
やたらと姿勢のいい老人が、挨拶を始めた。
「おかえりなさい。アレンさん、アルスさん。
そして珍しいお客人、初めまして。
ようこそシユス村へ。
私が村長のケルトです」
「ただいま。また世話になるぜ」
「またお世話になります。ケルトさん」
アレンさんとアルスさんが、
軽く挨拶を返したので、私も挨拶する。
「どうもご丁寧に、ありがとうございます。
私は森の隠れ里のヒデオです。
よろしくお願いします」
名前がちょっと気恥しいが、開き直る事にする。
中に入ると、広めの間取りに、
丸テーブルと椅子がいくつか。
箪笥も一つあった。
里の文明レベルから、
この世界の技術力をなめていたが、
思っていた以上に、
木工加工の技術があるようだ。
椅子に座らずに、
まじまじと家具を見ていると、
村長さんは言った。
「何か珍しいものでも、あったでしょうか?」
「すいません。
森の田舎者には、全てが珍しくて。
失礼かもしれませんが、
ここはかなりの辺境だと、聞いていたので、
家具の加工技術の高さに、驚いています」
「ここには、腕の良い木工職人がいますからな。
大工仕事もしてくれますが、本職は細工物です。
この村の自慢なんですよ。
立ち話も何ですから、座ってください」
椅子に腰かけ、後ろを見ると、
入口から溢れ始めるほど、
見物人が集まって来た。
「ここは里から近いと思うのですが、
アルク族は、そんなに珍しいのでしょうか?」
「町のアルク族であれば、
そこまで珍しいものではありませんが、
森の隠れ里から来たアルク族というのは、
見たという話を、聞いた事がありませんので」
言い伝えでは、里の方向に住む一族は、
全員が強力な魔導士な上に、弓もかなりの腕前で、
遠距離から一方的に攻撃され続けるため、
正面から戦えば、
国すら亡ぶと言われているらしい。
そのため、里のある方向の森は一種の聖域とされ、
立ち入り禁止になってるようだ。
ただ、里の一族は温厚である事は伝わっており、
余計な干渉さえしなければ、
安全という事みたいだ。
以前、アレンさんに聞いた話では、
先祖返りが半ば伝説の種族と、
言っていたけれども、
この村では、里のもの全員が伝説のようだ。
(アレンさんを、
ヒム族代表みたいに考えていましたけど、
なんだか認識にズレがあるような、
気がするんですよね……)
恐れられそうな伝説を聞いた私は、
頭を振って話題を変える。
「私は魔法の研究が趣味なのですが、
ヒム族の扱う魔法に、とても興味があります。
どのような魔法か、
教えていただいても、よろしいでしょうか」
「あなたに教えるほどの、
魔法は使えないと思いますが。
この村では、火種と流水の魔法が使えるものが、
幾人かいるだけです」
火種の魔法と聞いて、思わず村長に向かって、
ぐっと身を乗り出す。
「里には、火魔法が伝わっていないのですよ。
できれば、教えていただけませんか?
お礼と言っては何ですが、
私も何か、魔法をお教えしましょう」
「とても意外ですが、かまいませんよ」
村長は、
「私の孫がどちらも使えますから、
呼んできますね」
と言って、
高校生ぐらいの女の子を連れて来た。
「魔法式を書きましょうか?」
と言われたので、
「まずは、使って見せてもらえませんか?」
そうお願いする。
「ではいきます」
そう言って、目をつぶると、
いきなり魔法式を読み上げだした。
トリガーの『火種』を唱えると、
指先にライターの火ぐらいの火種が出る。
(ちょっとびっくりしましたけど、
私が覚えやすいように、
魔法式の内容を、
教えてくれていたのでしょうね)
この程度なら一回聞けば覚えられる。
魔法式を頭の中で構築して、トリガーを唱え、
火種を出す。
初めての火魔法。かなり感動する。
やはり、アルク族の種族特性で、
火魔法が使えないのではなくて、
伝わっていないだけだった。
(いわゆる、属性魔法のようなしばりは、
どう考えてもないですからね)
ちょっとうれしくなって、
火種を三回ぐらい出したら、
少し怒ったような顔で言われた。
「やっぱり、
『火種』の魔法使えたんじゃないですか。
しかも無詠唱なんて、伝説通りですね」
「え? 見せてもらったので、
使えるようになったのですが。
この程度なら、一度聞けば覚えられますよ?」
ここで、アルスさんが補足してくれる。
「祭司様、じゃなくて、ヒデオさんですか。
あなたの里では、当たり前かもしれませんが、
外では、無詠唱魔法の使い手は、
珍しいのですよ?」
アルスさんは、「ヒデオさん」の所で、
少し笑い顔になりながら、説明してくれた。
その後、アレンさんと共に補足してもらった結果、
ヒム族では、魔法式を詠唱するのが普通だそうだ。
無詠唱の使い手は、いない訳ではないが、
かなり希少らしい。
魔法が使えたら、魔術師と呼ばれるが、
無詠唱の使い手は、魔導士と呼ばれ、
尊敬される。
「無詠唱のやり方を、ぜひ教えてください」
と言うので、
里に伝わる方法を教えた。
スラスラと魔法式を詠唱できるのだから、
暗記はできている。
「後は、内容を深く理解して、
頭の中で組み立てるだけですよ?」
この内容を深く理解するというのが、
どうも分からないようだ。
「魔法文を、単体として見るのではなく、
一連の流れとして考える感じで、
やってみてください」
のような事を説明したが、
理解してはもらえなかった。
周りを見ると、
既に入口や窓は一目私を見ようとする、
見物人で溢れかえり、
ひそひそと会話をしている。
とても居心地が悪い。
「お約束した通り、何か魔法をお教えしますよ。
そうですね、
『流水』の魔法を見せてもらえますか?
それを見て、
どんな魔法が適しているのか考えます」
お孫さんは、台所から木のコップを持って来て、
それに向かって、流水の魔法式の詠唱を始める。
魔法名を唱えると、チョロチョロと水が出る。
(水の勢いが、いくら何でも弱過ぎます。
これって、魔法制御の訓練を、
した事がないのでは?)
あまりにもひど過ぎる魔法制御力を見て、
使えそうな魔法を考える。
(この制御力だと、
射程がかなり短いでしょうから、
攻撃系の魔法は、全部アウトです。
一番簡単な強風の魔法も、
長々と詠唱するようでは、
時間稼ぎにすらなりません)
考えをまとめていく。
(攻撃して来た相手を、
風で吹き飛ばして自動反撃する、
風盾も無理でしょう。
ならば、2番目に基本的な防御魔法である、
土壁ですね。
あれなら、土を物理的に持ち上げますから、
魔法が終わっても壁が残りますし)
土壁を教える方針を決定する。
(あの制御力なら、
かなり薄い壁しか作れないでしょうが、
何回か重ね掛けすれば、
村の防壁替わりの柵の補強ぐらいには、
なるでしょう。
村を一周させるほどの防壁を作るには、
何日かかるか、計算したくないですけど)
「『土壁』の魔法を、お教えします」
と伝えると、
インクに羽ペンと木札を持って来たので、
ガリガリと、魔法式を木札に書き上げる。
実演しようと、土のある外に出ようとしたら、
鈴なりになっている観客が目に入る。
村長さんが観客を散らしてくれて、
無事外に出られたので、
可能な限り手を抜いて、土壁を実演。
私の胸の高さもないような、
頼りない壁ができる。
やってもらうと、私の壁の1/3くらいの厚さの、
ぺらっぺらな壁ができた。
それでも、本人は大喜びだから良しとする。
ちょっと不憫になったので、
魔法制御の基本訓練を教えた。
「これを毎日やれば、
少しずつ魔力が増えますし、
分厚い壁が、できるようになりますよ?」
と伝える。
「そんな簡単な方法で、魔法が上達するなんて、
知りませんでした!」
とても感謝された。
一番最初に祭司長にやってもらった、
両手を繋いで魔力を流し、
魔力を感じる訓練は、
時間さえかければ、ヒム族も全員できるらしい。
「それができるなら、
魔法制御の訓練もできますし、
皆、魔術師になれますよね?」
「イヤイヤ。
魔法文字の発音ができない人が、
ほとんどですよ?」
それからしばらく、
認識のギャップを埋めようと、会話してみた。
私もだいぶ、
この世界の常識に染まったと思っていたが、
里の中と外で、常識が違い過ぎる。
ちなみに、夕食で出た野菜スープは、
美味しかったです。
約束したのに、お話できそうにないミルちゃん、
ごめんなさい。
その日は、
里の様子等を村長さん一家と会話して、
就寝したのは、かなり夜が更けた頃だった。