先祖返りの町作り(再調整版)
第214話 ヴィジャス砦攻防戦
ヴァルチェの都市を解放した我が軍は、住民達の熱狂的な歓迎を受けた。
頑張ってくれている兵士諸君に英気を養ってもらうため、交代制ではあるが、三日間の休暇を与えた。
それから1か月ほどゆっくりと進軍し、今は王都までの道のりで最大の難関となる、ヴィジャス砦の近くまで来ていた。
軍議の席で、大きな石板に書かれた地形情報等を、配られたワシの資料と共に、副官のシルバが説明する。
「このように、ヴィジャス砦は、両側の山を繋ぐように狭隘地に建設された壁です。普段は関所として使用されていますが、本来の使用目的は王都の最終防衛ラインです。
壁は高さも幅もかなりあるため、おそらくは、だいなまいとを投げつけたぐらいでは、びくともしないでしょう」
この難攻不落の砦の攻略法を何とか考えるのが、今回の軍議のテーマだ。
ゲイル将軍が皆を代表して、意見を述べる。
「正直言って、ここに立てこもられると、攻略はかなり難しいですな。
ですが、私には、ヒデオ将軍のお顔に余裕があるように見えます。何か策があるのではないですかな?」
私はそれに頷きを返し、攻略法を述べる。
「基本的には、前回と同じですね。ただ、敵も手痛い敗北で学習したでしょうから、生半可な手段では誘い出せないと思います」
そして私は、誘い出した敵を撃破した後の事についても説明を続ける。
「また、うまく誘い出せたとしても、全ての敵が一度に出てくる事はないでしょう。
ですから、誘い出した敵を撃破して相手の数を減らした後にも、砦そのものの攻略が必要になります。
そして、こういった砦は、前方に対しては比類ない強さを誇ります。そこで、後ろ側からの攻略を目指します。背面攻撃ですね」
続く軍議では、その具体案を詰めていった。
そして翌日。
軽装備に木製の大盾と小型のえあがんを装備した部隊を私が直接率いて、ヴィジャス砦の前に布陣していた。
「攻撃開始」
「全軍! 攻撃開始!」
太鼓の音と共に部隊が前進していく。
大盾を頭上に掲げて矢を避け、その隙間から小型のえあがんで射撃を試みる。しかし、相手は矢間から弓を打ち下ろしているため、ほとんど効果がない。
それでも、辛抱強く攻撃を続け、しばらくが経過した所で、作戦の第二段階へと移行する。
「全軍、後退」
「全軍! 後退!」
合図とともに、じりじりと下がり始める部隊。しかし、この程度ではつり出されてくれない。
そこで、ある程度の距離を稼いだ所で、作戦の第三段階へと移行させる命令を、しごく簡潔に下す。
「全軍、逃げろ」
「はっ。全軍! 撤退! 撤退!」
部隊の後方から全速力で逃げ出す、我が軍の兵士諸君。手に持った大盾を放り出し、必死に走って距離を取る。しかし、あらかじめ厳命していた通り、えあがんだけはしっかりと保持して走っている。
さすがに、これには相手も好機と見たのだろう。門を開けて騎兵隊が飛び出してきた。
もちろん、これは予定通りの偽装撤退である。
かなり本気で走ってもらうように、あらかじめ言い含めておいたのだ。一応、兵士の走る速度と騎兵の走る速度を計算し、間に合う距離まで撤退すれば良いようにはしている。念のため、私が殿軍を務めて、土壁の魔法を広く展開して妨害もしている。
それでも、さすがに生きた心地がしなかった。
というのも、部隊運用において、規律を保って撤退するのが一番難しいからである。そのため、念には念を入れて、この逃げまどっているように見える部隊は、実はガイン自由都市軍の中でも最精鋭部隊である。
そうやって逃げ続けると、やがて輸送用の魔力ジドウシャのとらっくが見えてきた。その脇を皆ですり抜け、やっと一息つく。
ここが指定した逃げ込み先だからだ。
そうすると、どこからともなく合図の太鼓が鳴り響き始める。
「なんとか勝ちましたね……」
副将のゲイル将軍が、予定通りに、絶妙なタイミングで合図してくれたのだ。
その合図によって、それまでとらっくに見えていた、魔力ジドウシャの上部の布が一斉に取り払われ、武骨で巨大なえあがんが姿を現す。
そう。これはとらっくに偽装して輸送部隊に紛れ込ませていた、新兵器の装甲車だ。
装甲車部隊は、素早く回り込んで敵兵を完全に取り囲み、射撃を開始した。
大口径えあがんの威力はすさまじく、たった一発で、お貴族様のご立派な鎧を貫通して大穴を開ける。
それが四方八方からフルオートで射撃され続けるのであるから、人間は鎧もろともに一瞬で肉片に変ってゆく。
「包囲は必ず欠くのではないのですか?」
前日の軍議で、そう指摘するものもいた。
「何事にも例外はあります。今回敵を逃がしてしまうと、逃げ込む先はあの砦です。
そうすると、どのみち相手にはもう後がありませんから、そこで必死になって頑強に抵抗してくるでしょう。砦でそうされるよりは、平野部での方がはるかにマシです」
今回は逃げ道を全く用意していない。完全に装甲車で取り囲み、内部に搭乗していたえあがん部隊を隙間に配置して、射撃を続けている。
相手が完全に沈黙してから、射撃停止を命令した。
辺りは、一面の血の海になっており、その肉片が元は人間であったと認識できるものすら珍しいという、かなり凄惨な状況になっていた。
「こ、これが『耳長の悪魔』の本気の戦争……」
どこからともなく、そんな感想が聞こえてきた。
またしても、私の悪名が広まりそうではあるが、ここまでくれば、それも気にならなくなっていた。