先祖返りの町作り(再調整版)
第137話 初代様の婚約者
それから私は、せっかく私の領地に来たのだからと、クリスさんを連れてガイン自由都市を案内していた。
クリスさんにとっては、これはデートになるらしく、とても喜んでいた。
いや。クリスさんだけでなく、周囲の皆から見てもこれはデートにあたるようだ。
あの日からのクリスさんは、以前にも増して積極的で、人目もはばからずにスキンシップを求めるようになっていた。
以前の私であれば、気恥ずかしくなって、遠慮するようにお願いしたかもしれない。
しかし、あの日確かに、私は彼女に心ひかれ始めたようで、嫌な気はしていない。そのため、彼女の気のすむようにさせていた。
(しかし、これでは、バカップルに見えませんかね?)
そのような危惧を抱いていた程度である。
そんな私達の仲睦まじい様子と、クリスさんの、
「私はいずれ、ヒデオ様の妻になります」
という自己紹介により、彼女はあっという間に、領民達の間で「初代様の婚約者」という認識を固めてしまっていた。
もうすっかり、私の外堀は埋め立てられているようだ。
心の内堀も、順調に埋め立てが進んでいると思う。
二人で仲良く、観光名所等を回っていると、お昼に差し掛かった。そのため、鶏肉料理がうまいと評判の店に昼食のために立ち寄った。
既に有名人のクリスさんと私の組み合わせの登場に、一瞬だけ歓声が上がる。しかしありがたいことに、皆私達の邪魔にならないようにと、無遠慮に近づいてくるものはいなかった。
ただ、興味はあるようで、ちらちらとこちらの様子を静かにうかがっている。
しばらくすると、厨房から料理人服に身を包んだ男性が注文を取りにやってきた。
「ご注文を伺います」
「その前に、あなたは料理長さんですか?」
「はい。噂の初代様の婚約者様がどのような方かとても気になりましたので、わがままを言って来させていただきました」
その言葉を聞いたクリスさんが、料理長に語り掛ける。
「まあ。では、実際の私を見てどうですか? ヒデオ様の妻にふさわしい女性に見えますでしょうか?」
料理長は大きく頷いて肯定する。
「ええ。もちろん。噂以上に素敵なご様子で、とてもお似合いのカップルですよ」
それを聞いたクリスさんは、可憐な花のように微笑み、私の退路をどんどんと塞いでいく。
「ありがとうございます。私はすぐにでも式を挙げたいのですが、ヒデオ様が了承してくださらないのです。あなたからも、ヒデオ様の背中を押していただけませんか?」
「そうなのですか? 美男美女の組み合わせで、とても華やかな結婚式になりそうですね。
私もお二人の結婚衣裳をぜひとも拝見したいので、早めに結婚していただけませんか?」
外堀を埋め立てた上で、舗装された道路まで作り上げていくその入念さに、私は内心で舌を巻いていた。
私は苦笑しながら、返答する。
「でも、私が結婚してしまいますと、この領地を出る事になりますよ?」
「そうなのですか?」
「ええ。クリスさんは島アルクの里の祭司長様で、冠婚葬祭の一切の儀式を執り行っています。
島の生活になくてはならない人ですから、私は婿として、島の里へ向かう事になります」
私がそう説明すると、料理長は顎に手を当て、考え込み始めた。
「ううむ……。お二人の結婚衣装は見てみたいですが、初代様を取り上げられてしまうと、この国の平民全員が困ってしまいますな……」
その会話を、微笑みながら聞いていたクリスさんは、さらに退路がなくなるように畳み掛ける。
「あら? 私は理解のある女ですから、夫が仕事のために家を空けるのは別に構いませんよ? お仕事が忙しいようでしたら、通いでの結婚生活も許可しますよ?」
それを聞いた料理長はぱっと笑顔になり、私に結婚を薦め始める。
「それは良い案ですな! 初代様。こんなにいちずに思ってくださる女性とは、なかなか巡り合えませんよ。逃げられないうちに、さっさと身を固めてしまいましょう!」
(逃げられなくなったのは、むしろ私の方ではないですかね?)
と思ったが、それは口に出さないでおいた。
私は苦笑しながら、なんとか思い付いた言い訳を述べる。
「私は、そんな不誠実な形での結婚はしたくありませんので」
これはもう、クリスさんと結婚するかしないかではなく、いつ了承せざるを得なくなるかの問題ではないかと、強く感じた日の出来事であった。