先祖返りの町作り(再調整版)
第136話 来訪
フィーナとティータが相次いで誕生してから、1年後。
執務室で領主のシゲルの隣という、ちょっと恐縮してしまいそうな私専用にと用意されている机に座り、領主業務を手伝っていた時。
カズシゲが、妙にニヤついた顔で私を訪ねてきた。
「大おじい様に、大切なお客様がいらしてますよ」
「え? 今日の予定に、来客はなかったと思うのですが……」
私が困惑しながらそう述べると、カズシゲは、さらにニヤニヤとしながら私にヒントを与える。
「大おじい様が、度々島アルクの里へと出かけておられたのは、こういう理由だったのですね。大おじい様も隅に置けませんね」
そのヒントで、ある人物がピンと浮かんだ。
「まさか……」
応接室へと少し急ぎ足で向い、扉を開けた私を待っていたのは、予想通りの人だった。
「クリスさん!」
私の顔を見たクリスさんは、満面の笑みを浮かべながら私の胸に飛び込んできた。
「ヒデオ様! 私、待ちきれなくなって、来てしまいました!!」
私はそれをやさしく抱きとめながら、心配に思っていた点を聞いてみる。
「島の里からここまで、かなりの距離があったでしょう? 道はどうやって知ったのですか? いえ、それ以前に、路銀はどうしたのです?」
クリスさんは、幸せそうに私の胸に収まりながら、その真相を語ってくれる。
「この国の方々に道を尋ねたのです。そうすると、あなたは初代様とどういうご関係で? と、聞かれましたので、いずれヒデオ様の妻になるものですとお伝えしたのです。
そうすると、皆さん私の耳を見て納得した様子で、とても親切にしていただきました。ヒデオ様は、この国の民にとても慕われておいでなのですね」
この話の間、ずっと私にしがみついているクリスさんの、その甘い香りにクラクラしっぱなしであったが、何とか理性を保って対応を続ける。
私達のそのようなやりとりを、ずっとニヤニヤと見ていたカズシゲだったが、一言だけ断りを入れて、退室していった。
「ごゆっくり」
室内にクリスさんと二人だけになると、やがて彼女は、まるで私を逃がさないとでも言わんばかりに両腕で私をがっちりと固定した状態で、顔だけをこちらに向けて視線を合わせ、三度目の求婚を始める。
「ヒデオ様。私、もう待ちきれません。当面は通いで構いませんから、式だけ挙げて、私を妻にしてください」
私は、真っすぐに彼女を見つめ直し、ずっと先延ばしにしていた結論を語りかける。
「クリスさん。実は私も、あなたにプロポーズしようとした事が何度もありました」
「では、ヒデオ様!」
「でも、私にはどうしても、それができなかったのです。それがなぜなのかずっと分からなかったのですが、最近、ようやくその理由が判明しました」
彼女を見つめたまま、深呼吸をして、クリスさんにとって残酷な事実を口にする。
「私は、どうやら、他の女性に懸想しているようなのです」
それまでは甘ったるい気配のしていたクリスさんが、とたんに表情を青ざめさせる。
「そ、そんな……。誰なのです? 私のヒデオ様の心を横からかすめ取った泥棒猫は、どこのどなたです!?」
「私の里の祭司長様です」
クリスさんがヘナヘナと崩れ落ちる。しかし、それでも私を離したくないのか、ずっと両腕は私の背中で結ばれている。
私は、それに引きずられるようにしながら彼女を支え、両膝立ちになった。
「そんな……。それでは、その憎い女の寿命が尽きるまで待つという、最終手段も取れないではありませんか」
彼女は、未だに私の胸に顔をうずめながら、プルプルと震えている。
彼女を泣かせる結果になるのはとても申し訳ないのだが、自分の気持ちに嘘はつけない。
しばらく、そのままの状態が続いたが、やがて、少しかすれたような声で、クリスさんが確認を始める。
「では、もう求婚なさったのですね」
「いえ。まだです。と、言いますか、しても無駄でしょうね」
私が、思わず少し自嘲気味にそう応えると、クリスさんは急に活力が湧いた様子で、ガバッと顔を上げ、私を問い詰める。
「それは、なぜですか?」
「おそらく祭司長様は、私を異性としては見てくれないだろうからです」
私が、そう簡潔に理由を説明すると、彼女は獲物を追跡する獰猛な鷹の目になりながら、私をさらに問い詰める。
「どういう事です?」
「私を育ててくれたのは、もちろん、里の皆ですが、一番身近で世話してくれたのが、他ならぬ祭司長様だからです。
ですから彼女は、私を息子としては愛してくれるでしょう。ですが、夫として意識してもらえるとは、どうしても思えないのです」
私がそう言うと、クリスさんは決意も新たに宣言する。
「では、私にもまだまだ可能性がありますね。ヒデオ様。私は、必ずあなた様を篭絡してみせます。覚悟してくださいね」
どこまでも前向きな彼女の姿に、その強さに、私の胸がトクンと跳ねた。
「もしかすると、あなたに篭絡されてしまうのが、誰にとっても幸せな結末なのかもしれませんね」
「そうですよ」
そこまで語り合うと、彼女はますます私に密着してゆき、だんだんと妖艶な気配をまとい始める。
ちなみに、この間、クリスさんはずっと私にしがみついたままである。
私は再び、頭がクラクラしてきた。
顔と頭がとても熱い。あ、これはダメなパターンだ。
「ク、クリスさん?」
「なんでしょう?」
「私も一応、健康な男性ですから、ずっとこの体勢というのは、か、かなり、ま、まずいと、い、い、いいま、す、か……」
私が動揺しまくりながらそう伝えると、彼女はフフッと短く笑い、さらにその色気を増幅させていく。
両膝立ちの私に、シナを作るようにして寄りかかる。
「私を押し倒したくなりますか? 何一つ、我慢する必要はありませんよ?」
クリスさんは余裕の様子で、ウフフと笑う。
その色香に完全に当てられた私は、もはや、ぼうっとしてきた頭で、彼女を熱い視線で見つめ始める。
思わずゴクリと喉が鳴る。
吐息でさえも、熱を帯びてゆく。
その変化を、彼女は敏感に感じ取ったようで、どんどんと色っぽさを増してゆき、私をさらに追い詰めていく。
私の頬を、右手でやさしく撫で付けながら、体をますます押し付けてくる。
「私の心の準備は、とっくにできております。
さあ、私と子をなしましょう。
あなた様の心に巣食った悪い女の影を、私が完全に消し去ってみせます」
そう言って、ほんのりと色づいた顔を見せつけるように、私の体との間に少しだけ隙間を開け、熱い視線と吐息を合わせてくる。
しかし、そのおかげで少し体が離れたため、恐ろしく強力な魅了の魔法が多少なりとも弱まり、私は慌てて体を引きはがした。
深呼吸を何度も繰り替えし、心を落ち着かせる。
「あ、危なかったです……。まさか、こうまで簡単に、篭絡されそうになるとは……」
クリスさんの篭絡ミッションが、秒単位でコンプリートしそうであった事実に、私は愕然とする。
そんな私の様子を、彼女は余裕の笑みで見つめながら、続きを語る。
「あら、残念。私も少し焦りすぎて、詰めを誤りましたね。
でも、急ぐ必要はどこにもありません。
私の魅力は、十分以上にヒデオ様に通用すると判明しましたもの。これからは、じっくりと時間をかけて、骨抜きにして差し上げますね」
クリスさんは、半ば以上勝利を確信した様子で、そう宣言した。
私は、あっという間にそうなりそうだなと感想を抱きながら、それに返答する。
「そういう未来も、良いかもしれませんね。私が言うのもおかしな話ですが、頑張ってください」
「ええ。もちろん。いつか必ず、私はヒデオ様の子供を産んで見せますわ」
非常に強い一面のある彼女であれば、強引にでも、望む未来を手繰り寄せる気がしてならない。
しかし、その様子を少し想像してみれば、
(それはそれで、とても幸せな未来ですね)
とも思う。
これはもう、時の流れに身を任せるしかないなと、考える事を放棄した日であった。