先祖返りの町作り(再調整版)
第127話 認めたくない現実
それからさらに3年後。
私は半狂乱になりながら医者を探していた。そして、少しでも状態の良いものをと、毎朝、森に出かけて薬草を採集していた。
メイが病に倒れたのだ。
この世に生まれ落ちたその日から、ずっと見守り続けた存在が、私の孫が、私より先に年老いて死ぬ。
その事実は、私を恐怖のどん底へと突き落した。
どうしてもそれを認めたくない私は、必死になって、メイの治療法を探し続けた。
後になって、冷静になって考えてみれば、これは当たり前の事であり、避けようのない運命である。
しかし、この時の私は、そんな当たり前を考える事が、それを認める事が、どうしてもできなかった。
そんなある日。
薬草を採集している時に、何か嫌な胸騒ぎが湧き上がってくる。
そのため、採集を早めに切り上げ、急ぎ足でメイの家へと駆け付けた。
家の前でずっと私を待っていたのは、メイの長男のキースだった。キースは、私が両手に薬草を抱えたまま駆け付けた姿を見ると、沈痛な表情になり、少し声を震わせながら、私をメイの元へと急がせる。
「ひいおじい様。お母様がお呼びです。できるだけ、急いであげてください」
その様子に、私の胸騒ぎは嫌な予感に昇華し、無意識の内に駆け足になりながらメイの寝室へと急いだ。
扉を開けると、エストをはじめ、私の家族全員がメイを見守っており、嫌な予感がどんどんと強くなっていく。
私はそれを無理やり無視して、メイの枕元へと駆け寄った。
「メイ。私です。今日も状態の良い薬草が取れました。これから、すぐに薬湯にしますので、それを飲んで精を付けてください」
私が少し声を震わせながら、そう語り掛けると、メイはゆっくりとこちらに振り向き、まるで聞き分けのない孫を諭すように、優しく語り始めた。
「おじい様。もう、私には、それは必要ありませんよ」
一言一言、かみしめるようにしながら、メイはゆっくりと続きを語る。
「私はもう、十分に長生きしました。私の人生は幸せでした。
もう、お腹いっぱいです。ですから、そろそろ、休ませてください……」
その言葉の意味する所の理解を、私の感情が拒否した。
「なにを言っているのですか? メイ。さあ、薬を飲んで、元気になりましょう。
孫は祖父より長生きしなければなりませんからね」
メイは、さらに諭すように、ゆっくりと私に語り掛ける。
「おじい様。そのような事は不可能です。これは、ヒム族として生まれた私と、アルク族の先祖返りとして生まれたおじい様の、神様の定めたもうた宿命です。
いくらおじい様に英知があろうとも、それを覆すのは不可能ですし、やってはならない事なのですよ?」
そう言って、メイは優しく微笑んだ。
そして、おもむろに中空を見つめ、右手を伸ばし始め、何かをつかもうとした。
「ああ……。お父様、お母様。そこにおいでだったのですね。メイも、今、そちらにまいります……」
パタリと落ちる手。
私はしばらくそれを茫然と眺めていたが、我に返り、口元に耳を寄せて呼吸を確認する。
呼吸をしていない。
続けて手を取り、脈を確認する。
脈をしていない。
完全で不可逆な死が、そこにあった。
「あ……。ああ。あああああああああああ!!」
私はこんな現実は見たくないと、両手で目を塞ぎ、言葉にならない声で叫びながら、その場に崩れ落ちた。
どんなにきつく目を閉じても、どんなにきつく耳を塞いでも、絶対に認めたくない現実が、そこには確かにあった。