先祖返りの町作り(再調整版)
第126話 すこっち
教授予定の研究者達を募集してから、3年後。彼らの教育も順調に進んでいた。
私は、研究テーマの一つとして、アルコールの蒸留を思い付いた。高濃度のアルコールができれば、消毒液や温度計等、使い道はいろいろとある。
また、蒸留技術は物質の分離技術の基礎でもあるため、この分野の研究が進めば、将来的には、効率の良い薬品の研究もできる。
簡単な蒸留器を自作した私は、水銀温度計を片手に、希望者と一緒にその研究を始めた。
とりあえずの目標は、消毒用アルコールの作成である。
そうやって研究を開始して、しばらくが経過した頃。
研究者に自主的な研究をさせていた私は、その研究室を訪れた際に、酔っぱらっている彼を見つけた。
「その様子ですと、ジョウリュウしたあるこーるを飲んでしまったのですね……」
私が、思わずため息を吐きながらそう告げると、彼は勢いがついた様に語り始めた。
「初代様! こんなに強烈な酒精が漂っているものを、飲みもせずに研究者は名乗れませんよ! 飲んでみたらうまいじゃないですか!!
これをショウドク液にするなんて、とんでもない!」
この研究に名乗りを上げた彼はヘイズさんという名前で、かなり細身の、いかにも眼鏡が似合いそうなインテリさんである。
そんな彼が、この研究について意見を述べ始める。
「これは、この地の特産品になりますよ。私の研究テーマを、ショウドク液からこの新しいお酒に変更してもらえませんか?」
私は一つ頷いて、許可を出す。
「まあ、それも良いでしょう。本来であれば、研究テーマは各人で自由に決めてもらうつもりでしたから」
彼は笑顔になって礼を述べ、ある質問をする。
「ありがとうございます! ところで初代様。このお酒には名前があるのですか?」
「これはビールから作っているので、麦『焼酎』ですね」
「ショウチュウですか。変わった雰囲気の名前ですが、意味とかはあったりしますか?」
私は再び頷き、返答する。
「ここからは遠いある国の言葉で、焼けるほど強いお酒、という意味ですね」
「ほうほう。なるほど、なるほど。このお酒にピッタリの名前ですね」
私は、再びショウチュウを飲もうとする彼を制止し、ある質問をする。
「しかし、ちょっとジョウリュウしただけのお酒が、そこまで美味しいのですか?」
そうすると、ヘイズさんはキョトンとした表情になり、私に再び質問をする。
「え? 今、聞き捨てならない事をおっしゃいましたね。これ以上のお酒が造れるのですか?」
「ええ。このお酒を樽に入れて、風通しの良い冷暗所で少なくとも3年以上は寝かせます。そうすると、琥珀色に輝く、まろやかな飲みやすいお酒になるそうですよ?」
ヘイズさんは、パンッと膝を叩いて、さらに質問を重ねていく。
「琥珀色に輝くお酒! 素晴らしい!! 私の研究テーマは、そのお酒の開発にします!
ところで、そのお酒にも既に名前があったりしますか?」
「ええ。もちろん。この場合は『ウィスキー』ですね」
「これはまた、変わった響きの名前ですが、それにも意味が?」
私は前世の記憶をたどりながら、その語源の豆知識を思い出す。
「ショウチュウを作っている国とはまた違った国で発達したお酒で、確か、命の水という言葉が語源だったと思います」
「命の水ですか! 素晴らしい名前ですね!! あぁ。すぐにでも飲んでみたい。けれども、最低でも3年は待たないといけないのか……」
そうやって、天を仰ぎだした彼を見ながら、私はつい、余計なうんちくを語ってしまう。
「この地に『泥炭』があれば、その中でも高級品の『スコッチ』が作れるのですが……」
私が小さくつぶやいてしまったその内容を、彼は耳ざとく聞き付けたようで、ガバッと音がしそうなほどの勢いでこちらに振り返り、その意味を問いただす。
「ちょっと、初代様!! うぃすきーの中でも高級品ですと!? ぜひとも、その製法を伝授してください!!」
私はその勢いに若干引きつつも、その製法を語る。
「一番の違いは、『スモーキーフレーバー』と呼ばれる豊かな香りですね」
「琥珀色に輝く、香り豊かなお酒……」
ヘイズさんはそう言って、しばらくはうっとりとしながら、その未知のお酒の味を想像していた。
「そ、それは、いったいどうやって作れば?」
「この国では無理ですね」
「えぇ……。それはなぜですか?」
彼はがっくりと肩を落としていたが、それでもあきらめきれないのか、その原因を問いただす。
「もっと寒冷な地域の湿地帯であれば、簡単に手に入る『泥炭』というもので原料の麦芽をいぶして、香りを付けるのです。
しかし、その肝心のデイタンが、この国は温暖過ぎて手に入らないでしょう」
私は無理な理由を語ったが、その中に何かヒントがあったようで、目に光が戻った彼は、ぶつぶつと、その研究内容についてつぶやいていた。
「デイタンなるものが、どんなものかは分からないですが、要は煙でいぶせば良いのでしょう。ならば、燻製の方法を応用すれば、あるいは……」
私は、その様子をしばらく眺めていたが、これなら自分で決めた研究テーマを熱心に研究してくれるだろうと、好きにさせる事にした。
これは先の話になる。
ヘイズさんはその生涯を蒸留酒の研究に費やし、20年ほどかけて、「すこっち」の開発に成功する。
それは、様々な木材のチップで、スモーキーフレーバーを再現したものだった。
記憶にあるスコッチとはまた別の香りではあったが、あまりお酒を飲まない私でも、十分に美味しいと思える出来になる。
そして、原料をビールからワインに変更した「ぶらんでー」も開発され、それらがガイン自由都市の新たな特産品として広まってゆき、この都市の税収も増える事になる。
ちなみに、すこっちやぶらんでーは、私にとっては強過ぎるお酒であったため、水割りにして、氷を浮かべて飲んでいた。
それを館の使用人が見ていたため、その新たな飲み方、「ミズワリ」や「おんざろっく」も広まる事になる。
そのための氷を作るためだけの小型のレイトウコの開発も、私はやらなくてはならなくなるのである。