先祖返りの町作り(再調整版)
第128話 大切な約束
私は、それから自室に引きこもり、思い出の中に逃げ込んでいた。
親友の二人を失った時でも、これほどの衝撃は受けなかった。
やはり、赤ん坊の頃からずっと見守ってきた孫は、特別な存在なのだなと、ぼんやりと考えていた。
食事をとる気にもなれず、ずっとベッドの上で呆けていた。
これは後になって家族から聞いた話であるが、家族達は、メイが亡くなった事そのものよりも、私のあまりにもな悲嘆ぶりにショックを受け、とても心配してくれていたようだ。
しかし、この時の私には、そんな家族の暖かい心遣いですら、おっくうに感じるほどであった。
どれほど時がたっただろうか。エストが私を呼ぶ声がする。
「おじい様。エストです。せめて、食事をとってください」
私は、返事をする事もなく、ぼんやりと思い出に浸っていると、エストはいつの間にか部屋に入ってきていたようだ。
私をゆさゆさとゆすりながら、食事をとるように勧める。
「もう、丸2日もなにも召し上がっていません。このままでは、おじい様が倒れてしまいます」
そう言いながら、何度も私に食事を勧める。
そんな心遣いも、私にはめんどうなものに思えてしまい、投げやりにエストに応答する。
「こんな思いを、子々孫々にわたってするぐらいなら、いっそ、このまま」
私がそこまで言うと、エストは右手を振りかぶり、パシッと私の頬を平手打ちにし、活を入れる。
「おじい様! しっかりしてください!! そんな事をしてもメイは喜びませんよ!」
そして、私の襟首をつかみ、前後にゆすりながら、さらに活を入れる。
「メイとあの世で再会した時に、口もきいてくれなくなっても良いのですか!
メイだけではありません!! お父様とお母様にも激怒されますよ!
おじい様は、それでも良いと言うのですか!!」
「メイと、再会……」
「そうです! おじい様は不老ではあっても、不死ではありません!
いつか、遠い未来、家族と再会した時、笑顔で会いたくはないのですか!!」
「笑顔で、再会……」
ここでようやく、現実世界に目の焦点が合ってきた私は、必死に活を入れるエストを改めて見つめる。
エストは、目に涙さえ浮かべながら、私に生きろと訴えかけ続ける。
「それに、おじい様! この国の平民達に対する責任を果たしてください!!」
「責任……。ですか?」
エストは力強く頷き、その責任の内容を語り掛ける。
「ええ。そうです! おじい様は、この国の平民全てに夢を見せました!!
貴族達に頼らなくても、自分達でやってゆける領地があると!
ガイン自由都市に行けば、真の自由を得らえると!!
私達、定命のものでは不可能でも、おじい様であれば!!
その無限の寿命であれば!!
この領地の! この国の! その行く末を!!
見定める事ができるはずです!
それこそが!! おじい様の責任です!!」
(そうだ。私には、この地に共和国を建国するという、夢があったはずです)
どうやら私の夢は、もはや私だけのものではなく、この国の平民全員に共有されるものになっていたようだ。
ようやく目に光が戻った私を見つめながら、エストは少し安心した様子で、ある大切な約束を結ぶ事を提案し始める。
「おじい様。私はある約束をおじい様と結びます。ですから、その交換条件として、私とある約束を結んでください」
「それは、なんでしょう?」
ここで初めて少し笑顔を見せ始めたエストは、私にとって、とても大切な約束をしてくれる。
「私もヒム族ですから、いずれはおじい様を置いて旅立つでしょう。
ですが、その時を少しでも後にするために、私はこれから健康に気を付け、できるだけ長生きする事を約束します」
「それは、なにものにも代えがたい、魅力的な約束ですね」
私も笑顔になり、その約束に飛びつく。
「ではまずは、長生きの秘訣を、おじい様の英知から教えてください」
「そんなに複雑な事はしなくても良いです。バランスの良い食事をとる事と、適度な運動を心掛ける事です」
「具体的には、どうすれば?」
「もう年だからと、野菜ばかり食べずに、肉もちゃんと適量食べる事です。
それと、散歩程度でかまいませんので、毎日、軽い運動を継続する事ですね」
エストは力強く頷き、その約束を守る事を誓ってくれる。
「では、交換条件の約束です」
私は、どんな無理難題を吹っ掛けられるのだろうと、少し身構えた。
「私がメイ達の所へ旅立つその時には、笑顔で見送ってください」
私は、やはり無理難題だったと、頭を抱えたくなった。
「そのような事は不可能です」
しかし、エストは可能な範囲でと、約束を譲らない。
「別に、心からの笑顔をお願いしている訳ではありません。
作り笑いでも、強がりでも、なんでも構いませんから、顔の形だけ、笑顔を保ってください」
私はしばらく考え、作り笑顔でも良いならと、その約束を了承した。
それでエストが長生きしてくれるのなら、私も頑張れそうだと感じたのだ。
「ありがとうございます。おじい様。ところで、もう一つだけ、孫からおねだりしても良いですか?」
エストのその無邪気な様子が、幼い頃の、昔話をねだる姿に重なって見えて、私は笑顔になってそれを了承する。
「ええ。もちろん。かわいい孫からのおねだりです。頑張って叶えて見せましょう」
それを聞くと、エストは少し真面目な顔になって、約束を追加する。
「私だけでなく、シゲルやカズシゲ達、子孫を見送る時にも笑顔でお願いします」
私は少し悩んだが、それが孫の望みであればと、頑張って了承する事にした。
こうして私はエストと大切な約束を結び、それを子々孫々にわたり、ずっと守っていく事になるのである。