先祖返りの町作り(再調整版)
第98話 再訪問
島アルクの里を訪問して、2年ほどが経過した頃。
私は再訪問のための準備を終えていたが、ネリアが臨月だったため、出発を延期していた。
そんなある日、ネリアの出産が始まった。
生真面目なレオンさんは、ただじっと黙って、目を閉じて時を待っていた。それでも、手が祈りの形になる事があったので、きっと心の中では無事に生まれてくる事を祈っていたのだろう。
そうやって生まれた子供は男の子で、後にヴィルと名付けられた。
レオンさんによく似た顔つきで、お父さん譲りの緑の瞳をしていたが、髪の色はお母さんに似たようで、赤髪であった。
(これで、ローズさんから続いて親子三代とも赤髪ですか)
私はそんな感想を抱きながら、頑張ったネリアと、とても安堵した様子のレオンさんを祝福した。
生まれたばかりのヴィルを抱かせてもらったり、おむつを替えさせてもらったりしながら、しばらくは幸せな日々を過ごし、私は約束通り、島アルクの里へと出発した。
ミソを作るための麹も、ちゃんと運んでいた。
ただ、種まきに必要な量等も考え、大豆はエルベ村付近で購入してから、数回に分けて輸送する事にした。
そうやって、島にたどり着いた時には、近くで漁をしていた島アルク族の男性が挨拶してくれる。
「ようこそいらっしゃいました。森の祭司様」
「またお世話になります」
彼は挨拶もそこそこに、祭司長様に知らせてきますねと言って、里へ向けて走り出した。
しばらくすると、クリスさんが満面の笑顔で小走りになりながら私の元にやって来た。
「ヒデオ様。おかえりなさいませ」
「はい。ただいまもどりました」
この里は私の生まれ故郷ではないが、仲間の一人として挨拶してくれるクリスさんに、私は感謝を込めて挨拶を返した。
一緒に迎えに来てくれた島の里の皆に手伝ってもらって、小舟に積み込んだ大豆を運び込んだ。
「ヒデオ様が背負ってらっしゃるのは、大豆ではないのですか?」
「ああ、これは『麹』と言います。ミソ作りの材料ですね」
そう言って、クリスさんに麹を見せると、少し不思議そうにして質問してきた。
「これは、カビのように見えるのですが、コウジと言うのですね」
「コウジはまぎれもなく、カビの一種ですよ」
「え? そのようなものを食べ物に混ぜて、大丈夫なのですか?」
「ええ。これは食べても害のない、むしろ有益なカビですので」
そういう質問もあるだろうなと思っていた私は、そのまま続けて、発酵の仕組みを簡単に説明する。
「ものが腐るのは、目には見えない小さな生き物が増えるからです。これと同じ原理を利用したもので、人に有益なものを発酵と言います。
この里でも、お祝いの時にお酒を飲みますよね? あれも、発酵の原理を利用して作られているのですよ?」
クリスさんは驚いた顔で、確認を取る。
「そうなのですか? ではお酒の中にも、その小さな生き物がいるのでしょうか?」
「ええ。この里で飲まれているお酒は、ブドウを発酵させたワインですから、『乳酸菌』という生き物がたくさんいるはずです」
「そ、そんな……」
少し気味悪がっている様子だったので、私は安心させるべく、説明を続ける。
「『乳酸菌』は、体に良い働きをしてくれる生き物ですよ?」
「病気になったりはしないのですか?」
「もちろんです。実は人の腸内にも体に良い働きをする生き物が住んでいて、私達に限らず動物は全て、そういった生き物と共存しているのです」
そんな会話を楽しみながらクリスさんの小屋に到着し、いつものように食事と会話を楽しんでから、私用にと保存されていた小屋に入り、就寝した。