Novels

先祖返りの町作り(再調整版)

第84話 エルクとの別れ

 ルナリアの誕生から、1年ほどたった頃。

 恐れていた事がついに起こった。エルクが病に倒れたのだ。

 日に日に弱っていくエルクを見た家族達は、様々な医者に診察してもらっていた。

 私も、里に伝わる薬草の知識を用い、自分で採集してきた薬草を処方していたが、症状は一向に改善しなかった。

 そんなある日。

 エルクの寝室に、私と二人だけになったタイミングで、エルクは語り始めた。

「なあ、ヒデオ。お前がルースをフッた日の事、覚えているか?」

「ええ、もちろん。私にとっても、忘れられない出来事でしたから」

 それからエルクは、あの日の裏話を話し始める。

「ハタから見てればな。お前らが両想いなのは、バレバレだったんだぜ。ヒデオはルースの気持ちを知っていたのか?」

 私は一つ頷いて、昔話に応じる。

「ええ。私もそこまで鈍感ではありませんから。ルースがずっと、私からのプロポーズを待っていたのは気付いていました」

「やっぱりな。だからな、俺はずっとこう思っていたんだ」

 そしてエルクは一つ息を吐いて、こう言った。

「ヒデオは何で、さっさと結婚を申し込まないんだよ。何をやってんだよ。このヘタレが。ってな」

 そしてエルクは、少し笑ってから、続きを語る。

「そしたら、ルースが大切な話があるから、ヒデオの家に行くって言い出しただろ? あの時は、こう思ったんだよ。

 ああ、ついにルースが我慢できなくなったか。本当に、ヒデオはいったい何をやっているんだ。ってな」

 私もあの時の内心を語る。

「今考えれば、おそらく、あの後の話の内容が私にも分かっていて、もう少しこの関係を続けたいと願って、逃げ道として、エルクに同行をお願いしたのだと思います」

 エルクも、あの時の内心を語ってくれる。

「そうだったのか。実はな、俺はずっと小さい頃から、ルースの事が好きだったんだよ。だから、あの時は、ついにこの時が来ちまったか、俺の失恋が確定するなって思ったんだが、それでも、せめてその瞬間に立ち会いたいなと思ってな。

 何をしゃべっても恨み節になりそうだったから、ずっと黙って、お前の家まで行ったんだよ」

 それからエルクは、何かを思い出すようにしばらく天井を見つめてから、続きを語る。

「そしたら、お前はルースに向かって、自分は結婚できないって言うじゃないか。

 その時、俺は思ったんだ。これはチャンスだと。

 何かがおかしいとは思ったんだけど、それでも、ヒデオがルースを選ばないなら、ここでルースを慰めれば、俺のものにできるはずだってな」

 そしてエルクは、少し思い出し笑いをしながら、さらに続きを語る。

「そしたら、盛大にルースをフッたはずのお前が、ルースを愛しているからこそ結婚できないなんて言い出すじゃないか。

 本当に意味が分からなかったよ。だから、ルースを慰める言葉も引っ込んでしまったんだぜ? ヒデオは気付いていたか?」

 私は、首を横に振って否定する。

「いいえ。全く気付きませんでした。と言いますか、それどころではなかった、というのが、真相でしょうか」

「まあ、そうだろうな。俺も、お前が年を取らないって聞かされた時には、とても驚いたからな」

 そうして一息ついてから、エルクはまた、続きを語る。

「でもな、こうも思ったんだよ。男なら、年老いていくルースを愛し続けられるはずだ、ってな。

 だから、文句を言ってやろうと思っていたら、何度も優しい声で説得を繰り返すじゃないか。

 でも、それだけなら、俺はお前を張り倒してでも結婚させるつもりだったんだよ。

 しかしな、あんなに優しい声なのに、顔だけはとてもつらそうに、何度も何度も説得を繰り返す姿を見たら、そんな気も失せたんだよ。

 そして、俺も気付いたんだよ。ああ、こいつは、本当にルースの事を愛しているんだなってな。

 だからこそ、共に年老いてゆける人と結婚して欲しいと、願っているんだなってな」

 ここまで一気に話したせいか、エルクは少し息が上がっている。私は、少し間を持たせるためにも、あの時思っていた事をエルクに語る。

「そうだったのですか。私は全く気付いていませんでした。ただ、不思議には思っていたのです。エルクが私を殴り飛ばすぐらいの事はするだろうなと、覚悟していたのです。

 なので、最後まで黙ってやりとりを聞いていたのがなぜなのか、ずっと分からなかったのです。

 そんな事よりも、エルク。あまり長話をしてしまうと、体に障ります。昔話もこのくらいにして、体を休めてください」

 しかし、エルクはぜいぜいと息をしながら、続きをさらに語る。

「もうちょっとだけ、話をさせてくれ。

 あの時の俺は、お前だけが年を取らないって意味を、良く理解できていなかったんだなって、今なら分かる。

 だから、ヒデオ。礼を言わせてくれ。

 ありがとう。あの時、ルースをフッてくれて」

 そんな長話をしてから、ひと月ほどがたったある日。

 家族全員が見守る中、眠るようにして、エルクは静かに神様のおわす天へと、旅立って行った。 

 その時の最期の言葉は、

「ああ、楽しい人生だった。皆、本当にありがとう」

 だった。