先祖返りの町作り(再調整版)
第45話 耳長の悪魔
騎士団と傭兵団全員に出陣命令が領主令で発布され、全力出撃した私達は、騎士団を交えながら、あわただしく編成作業を行っている。
協議の結果、最強の傭兵団とされる我々が正面に配置され、副団長の一人である私の担当は中央左翼になった。
今は都市の外の森の木を伐採し、大急ぎで森の外周部に簡易な防壁を構築中だ。
そして、私が調査結果を報告して2日後。予想通りに魔物の氾濫が始まった。
最初の頃は散発的に魔物が出没したが、だんだんとまとまった数が防壁に押し寄せている。
4時間ほどが経過した頃、私は指揮官として配置された騎士様の対応に、疲れ果てていた。
このお貴族様、何を勘違いしているのか、私の頭越しに小隊単位にまで細かく指示を飛ばして指揮をしている。
それが適切なものであれば良いのだが、細か過ぎて現場が対応できず、混乱は増す一方だ。
お貴族様が平民を虫けらのように扱うのは、定期的な魔物の間引きでよく知ってはいるが、そう思うなら、虫けら同士で指揮させて欲しい。
(ひょっとして、武勲でも建てたいのでしょうか?)
無茶な命令でもお貴族様なので無視する事もできず、さりとて、疲弊する現場を放置する事もできず、間に立つ私は既に疲労困憊だ。
「中間管理職はつらいです」
お貴族様に聞こえないように、小さくつぶやく。
ただ、無茶な命令もそろそろ限界だ。魔物の第二波までなら許容できたが、今対応している第三波は厳しい。
魔物はだんだんと個体の強さが増して行き、その分、全体の数は減ってはいるのだが、今対応している魔物の種類が問題だ。
一つは、岩鎧大蜥蜴。
岩のように発達した鱗を持ち、ほとんど剣が通らない。
弱点とされる頭を狙うしかないが、巨体のわりに意外と素早く、倒すのはかなり難しい。
ただ、倒せば手に入る岩のような鱗は軽いわりに頑丈なので、上質な鎧の材料として高値で取引される。
魔物の領域の奥深くで狩りをするような腕利きの傭兵にとっては、稼げる美味しい魔物として有名だ。
もう一つは、毒大蛇。
この毒が問題だ。一度でも毒を食らったら、即戦闘不能になる。
一応解毒剤も備蓄物資にはあるが、そのままでは死んでしまうような毒が、数日高熱で寝込むが助かる程度のものなので、どのみち、毒を受けたら後方と交代させる必要がある。
それでも、我が傭兵団は優秀なので、まだ対応可能だ。
無茶なお貴族様さえいなければ。
私が悪戦苦闘していると、左翼方向の別の傭兵団の陣列が崩れ始めた。
(さすがに、マズいですね)
危機感を募らせていると、最前線で戦っているエルクから救援要請が入った。
「あの時の、秘伝の範囲魔法を使って欲しい……ですか」
ファイアーストームの魔法の事だろうとは、すぐ分かる。
「エルク隊長からの伝令では、ヒデオ副団長の魔法で時間を稼いで欲しいそうです。隊列を立て直したいと」
部下の一人が報告してくれる。ただ、あれでも一発では範囲が足りない。
「ほう。秘伝だと。森の蛮族の扱う魔法等大した事はないだろうが、珍しくはある。耳長のお前、ちょっとあっちに行ってやって見せろ」
お貴族様に命令されて、カチンとくる。
(誰のせいで、隊列が崩れていると思っているんですか。それよりも、私が一番腹が立つのが、私の大切な里の皆が蛮族ですか?)
ムカつきながらも、お貴族様相手なので心の中だけで毒づく。
(皆がその気になれば、あなた程度、この都市の防衛戦力ごと殲滅可能です)
少し考えた私は、前線に向かい、
(お貴族様の度肝を抜いてやりましょう)
と、最強の範囲魔法を頭の中で構築し始める。
この時、私は祭司長に言われた、大事な教えを忘れていた。
すっかり、都市の周辺住民や傭兵団の仲間達と仲良くなっていたので、私が恐れられる存在になりうる事を、完全に失念していたのだ。
『可能な限り力を隠せ』
この教えを破った私は、後で手痛いしっぺ返しを食らう。
『インフェルノ』
トリガーとなる魔法名を唱える。あまりにも効果範囲が広過ぎるため、実験はした事がない。
この魔法は、ファイアーストームの魔法を応用して、効果範囲を広げたものだ。
300メートル四方程度の範囲を、巨大な炎の竜巻が縦横無尽に駆け巡り、魔物を森ごと焼き尽くす。
「なっ……」
絶句するお貴族様。スカっとした。
それから私は、団長の指示で崩れそうな前線に赴き、インフェルノを連発する。
調子に乗った私は、周りからの恐怖するような視線に、この時、あまり気付いていなかった。