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先祖返りの町作り(再調整版)

第43話 愛すればこそ

 幸せな日常にある決定的な変化が訪れたのは、それから3年ほどたった、ある日だった。

 私はこの頃既に、副団長になっていた。団長の強い推薦によるものだが、その時の交換条件として、エルクを私の後継の分隊長に、ルースを副隊長に、それぞれ指名している。

 団長は、本気で私を後継者にするつもりのようで、傭兵団の運営に関する様々な教育が始まった。

 書類仕事が増えたが、それについてあまり不満はない。

 不満があるのは、あまりにも高い地位を得てしまったため、傭兵団を簡単に留守にする事ができなくなった事だ。

 そのため、商人の護衛依頼を受けられなくなり、旅ができなくなってしまった。

 私は、

「史上最速で騎士様になるだろう」

 というのが、もっぱらの周辺の評価だ。

 実績を積み重ねた傭兵は、領主様に任命されて名誉貴族の位を与えられ、騎士団に入れる。

 貴族と平民の間に厳格な区分があるこの国では、唯一例外的に平民が貴族に成り上がれる方法として、夢の立身出世の最終目標だ。

 22歳になったルースはとても美しく成長し、最近ではその輝くような笑顔を、私はとても直視できない。

 この国の結婚適齢期は早いため、ルースもそろそろ結婚相手を決めなければ、行き遅れと後ろ指を指される年齢になっている。

 そのため、私達仲良しトリオの恋の三角関係もいよいよ最終局面と、傭兵団の仲間達による例の賭けも盛り上がっているようだ。

 私はこの時期ほど、結婚できない自分の体質を呪った事はない。

 目線は無意識のうちにルースを探し、後先考えずにプロポーズしそうになる感情を制御するのが、かなり至難の業になっていた。

 そのため、私はルースを自然と避けるようになっていた。

 そんな生活を続けたある日、

「大事な話があるから、これからヒデオの家に行く」

 という、ルースのただならぬ様子に私は危機感を感じ、

「エルクが一緒に来るなら良いですよ」

 と、条件を付けて許可した。

 後になって考えた時、おそらくは、私はこの後に交わされる話の内容を予想していて、もう少しこの関係を続けたいと無意識に願い、逃げ道としてエルクを呼んだのだろう。

 エルクも何か気付いたようで、仲良しトリオにしては珍しく、無言で私の自宅まで歩いた。

 隣に座るエルクを完全に無視して、ルースは真剣な顔つきで私を見つめ、話し始めた。

「ヒデオ。最近、私の事避けてるよね。私の事嫌いになった?」

「もちろん、そんな事はありません」

「じゃあ、私の事好き? 嫌い? それとも大好き? はっきり答えて。もう逃げないで」

「……。大好きです……」

「じゃあ、私をお嫁さんにしてください」

 ルースの口から、決定的な言葉が紡がれる。

(とうとう、女性からプロポーズさせてしまいました)

 私もそこまで鈍感ではないので、ルースがずっと私からの求婚を待っているのは、気付いていた。

 しかし、なればこそ、私はその気持ちに応えられない。

 私は目をつぶり、張り裂けそうな胸を思わず強く手で押さえ、これまでに経験した事のないほどの強力な自制心を発動させる。

(もう逃げられません。年貢の納め時です)

 覚悟を決めて語りだす。

「とてもうれしいです。ルース。しかし、私はあなたと結婚できません。すいません」

 私は目を開け、ルースを見つめる。

 信じられないという表情で、目から涙をあふれさせたルースの顔を見るのはとてもつらいが、この表情をさせているのは、私自身だ。

 私は秘密を打ち明けるために、長い話を始める。

「私はあなたが好きです。大好きです。あなたを心から愛しています。

 正直に言いましょう。私とて、あなたと結婚して、幸せな家庭を築きたい。

 しかし、なればこそ、あなたの幸せを誰よりも願うからこそ、結婚できないのです」

 愛していると告白した私の言葉を聞いたルースは、再び顔を上げ、私を見つめる。

 しかし、結婚できないと再び告げた私を見て、納得いかないという表情を見せる。

 それから、私は長い時間をかけて、私の秘密を説明する。


 私の里では、私は先祖返りと呼ばれる存在である事。

 先祖返りと上位アルクが、同一のものである事。

 先祖返りには、無限の寿命がある事。

 私は永遠に、若いままである事。

 私は既に、56歳である事。

 私は両親が誰なのか、教えてもらっていない事。

 里では崇拝される存在ではあるが、恋愛対象にはならない事。

 私は子供ができにくく、おそらくは、ルースが子供を産める年齢のうちには、子供ができないであろう事。

 幸運に恵まれて子供が生まれたとしても、寿命の関係で、先に子供が亡くなる事。


 私は前世の知識がある事以外の、全ての秘密を打ち明けた。

 長い時間をかけ、ひとつひとつ丁寧に説明していく。

「それでも。短い間だけでもいいから」

 泣きながら繰り返すルースを、何度も優しく説得する。

「ルースが年老いていくのを見るだけなら、私は後悔するだけで済むかもしれません。

 ルースが天寿を全うする瞬間も、あるいは、耐えられるかもしれません。

 しかし……」

 私は説得を続ける。

「子供だけは、別なんです。

 私達の愛する子供を先に見送る事だけは、とても、耐えられそうにありません。

 私の事は忘れて、共に年老いてゆける伴侶と、幸せな家庭を築いて欲しいのです」

 さらに言葉を重ねる。

「これは、私のわがままです。

 ルースが不幸になって行くのを側で見続けるのは、私が耐えられそうにありません。

 例え私が側にいなくても、幸せそうなルースの様子さえ見せてもらえれば、私にとって、これ以上の幸福はありません。

 どうか、理解してもらえませんか?」

 長い長い説得が終わり、少し落ち着いたルースは、すすり泣きながら帰っていった。

 最後まで、無言で私達のやりとりを見ていたエルクは、何ひとつ私を非難する事もなく、ただ、黙って帰って行った。

 こうして、私の初恋は幕を閉じた。


 それから一年ほどたったある日。23歳になったエルクとルースは結婚し、夫婦となった。

 この頃には私も気持ちの整理が終わっており、心から二人を祝福できた。

 それでも、花嫁衣裳を着て幸せそうなルースを見ると、隣に立てない我が身を呪い、実らなかった初恋を思い、心がチクリと痛んだ。