先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第218話 クリスの横顔
私の名前はクリス。
島アルクの里で祭司長を仕事としている先祖返りの女です。
今でこそ、自信を持って自分の名前を名乗れますが、百四十年ほど前にヒデオ様に出会うまでは、誰にも名前で呼んでもらえませんでした。
敬意こそ感じられるものの、祭司長様と、少し距離のある呼ばれ方しかしてこなかったのです。
ですが、あの日、あの時、私はヒデオ様と出会うことができました。
ヒデオ様は最初に出会った時から私のことを名前で呼んで下さり、ごく普通の一人の女性として扱ってくださいました。
それが私にとって、どれほどありがたく、貴重なことだったのか、誰にも理解してもらえないでしょう。
そして、そんなヒデオ様を見た時、私は心に誓ったのです。
何が何でもこの方の妻になり、この方の御子を産んで見せると。
そして、私は普通の女として、ごく当たり前の幸せを掴むのだと。
それからは順調にお付き合いを深めていったと思います。
ですが、それから四十年ほどが経った頃でしょうか? 衝撃的な事実が判明します。
他ならぬヒデオ様の口から告げられたのです。
彼の心の中には、別の女性が住み着いていると。
その時、私は世界の全てが崩れ去ってしまった様に感じられてしまい、全身から力が抜け、その場に崩れ落ちました。
ですが、その後にヒデオ様が口にされた言葉により、再び自分を奮い立たせたのです。
「夫として意識してもらえるとは、どうしても思えないのです」
この言葉が耳に入ってきた瞬間、私は心に固く誓いなおしました。
どこの誰が立ち塞がろうとも、私は絶対にこの方を篭絡して、自分だけのものにしてしまうのだと。
それからの私は、もう、それは必死でした。
ヒデオ様は王国だと美男になると聞いていましたので、間違っても他の女が寄り付かないように、周囲に私との仲の良さをこれでもかと見せつけ続けました。
そんな私の努力の甲斐があったのか、ヒデオ様もまんざらでもないご様子になり、だんだんと心がこちらに向いて来ていると感じられました。
それから幾星霜。
どれほどの時が経ったでしょうか?
今から二十年ほど前、ヒデオ様は、突然、島の里へと帰ってきてくれまして、私に合うなり自分の領地まで同行して欲しいとお願いされました。
ヒデオ様と二人きりでの長期旅行になるのですから、私に否やなどあるはずもありません。
私はそそくさと準備を整え、ヒデオ様のご領地、ガイン自由都市へと足を踏み入れました。
そこでは、ヒデオ様が作られたという空を飛ぶための道具が用意されていまして、空からの絶景を眺めながらヒデオ様が、こう、口になされたのです。
「私は他の誰でもなく、あなたと二人で、この景色を一番初めに共有したかったのです」
ああ……。
私は、この方の心を、ここまで掴むことができたのですか……。
そのように思えてきますと、私は体の芯から幸せで震えてしまい、立ち眩みを起こしてしまいました。
そんな私の肩をヒデオ様はそっと抱き寄せてくださり、支えてくださいました。
これ以上の幸せを感じることは、もうないだろう。
そう、思っていました。
ですが、それは間違いであったことが判明します。
今日、ヒデオ様がついに、こう、口になさったのです。
「私は、もう、クリスさん以外の女性に私の子供を産んで欲しいとは、思ってもいませんよ……」
ああ……。ああっ!!
ついに、ついに、私はこの方の心を手に入れました。
そう思えると、私は全身から力が抜けていき、その場に崩れ落ちました。
そんな私を、ヒデオ様は抱きしめて支え続けてくださいました。
ヒデオ様は私のものになってくださると、そう、明言してくださいました。
ですが、その時まで、もう少し待って欲しいと。
ええ、ええ。
待って見せましょうとも。
ですが、私は少し欲が出てしまい、ついつい、あるお願いをしてしまいます。
誓いの証が欲しいと。その証として口づけをと。
そうすると、ヒデオ様は顔を真っ赤に染めながら目を閉じてくださり、ゆっくりと顔を近づけてくださいました。
私も目を閉じ、顔を近づけていきます。
そして、私の願った通りに、誓いは結ばれました。
ヒデオ様の言う、あと少しがどれほどの時なのかは分かりません。
ですが、それを確認する必要もないでしょう。
夢にまで見たごく普通の幸せな日常を手に入れるためでしたら、私は、たとえ一万年であったとしても、時を超えて待ち続けて見せますとも。