先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第217話 誓いの口づけ
それから、三年ほどの時が流れ去っていた頃。
私はダイガクの研究チームを二つ作っていて、同時進行でエンジン本体とトランスミッションの開発を続けていた。現在までのところ、研究はおおむね順調に推移している。
また、この頃になると、リノアさんが第一子を出産してくれていた。
生まれた子供は女の子で、後にタニアと名付けられた。現在ゼロ歳の玉のような赤ちゃんだ。
生まれたばかりのタニアを抱かせてもらい、ご満悦の表情をしているであろう私に、ユキムラがある提案を始めた。
「大おじい様は、また最近ちょっと働きすぎになっていると思います。お父様と相談して、長期休暇を取られてはいかがですか?」
私は、それもそうかと考え、早速、長期休暇を取得してクリスさんとイチャコラするために……、ゴホン。ではなくて、顔を見るために島の里を訪れていた。
(やはり、高速道路と魔力ジドウシャを作って、本当に良かったです)
旅行が格段に楽になったことに、私はとても満足していた。
そして、今。
二人で仲良く手を繋ぎながら、里の中を散策している。
そうしていると、私はある少年がしている仕草に気づき、クリスさんに質問してみる。
「クリスさん。あの男の子は、いったい何を噛んでいるのですか?」
私がこの里を初めて訪れてから、かなりの時が経過している。
その中で、この少年の様に何かを噛みながら歩いている姿を、時々、見かけていた。
しかし、私は何かを食べているのだろう程度にしか考えておらず、それに今まで気づかなかった。
なんとなくその少年を視界に入れていたのだが、何かを食べている割には、ずっと口を動かし続けているように見える。
「ああ、あれですか……。私たちはドルムと呼んでいるものなのですが、弾力がありますから、ああして噛んでいると唾液がでまして、空腹が少しまぎれるのです」
私はそれにものすごく思い当たるものがあり、少し早口になりながらクリスさんにお願いをしてみる。
「できれば、あれを作っているところを見学させてはもらえませんか?」
「かまいませんが、あれを噛んでも味はしませんよ?」
そして、ドルムの木と呼ばれている樹木から白い樹液を採取しているところを見学させてもらった時、私は思わず感嘆の声を上げていた。
「す、素晴らしい……。間違いありません。これは『ラテックス』です!!」
ラテックスとは、天然ゴムの原料となる樹液のことである。つまり、今までの代用品ではなく、本物のゴムが作成可能となるのだ。
意外と身近なところにずっと探し続けていたものが存在していた事実に、私が感動で身を震わせていると、クリスさんが不思議そうに首を傾げながら問いかけてきた。
「これは、らてっくす? というのですか?」
「ああ、すいません。昔の言葉で、この樹液のことをそう呼ぶのです。これさえあれば、あれが作れますね……」
「ヒデオ様も、あれを噛んでみたいのですか?」
私は軽く首を振って返答する。
「いえ、そうではなくて、もっと別の……」
そこまで言うと、クリスさんは私の話を遮って話を続ける。
「まあ! では、避妊具にお使いになるのですね。嫌ですわ。私は、ヒデオ様の子種をちゃんといただきたいです」
とんでもないクリスさんの勘違いに、私は思わず頬を染めながら否定を重ねる。
「いえ、そうではなくて、もっと別の……」
そんな私の説明を遮って、クリスさんの勘違いが酷くなっていく。
「まあ! では、別の女性に使うつもりなのですね!! それなら、これは絶対に渡せません。ええ、ええ。里のみなにも、きつく言い含めておかなければ」
ふんすーっと、鼻息も荒く宣言しているクリスさんを横目に見ながら、私は思わず額に手を当てて天を仰いだ。
「お願いですから、避妊具から離れてください……」
私がそのように絞り出すようにして呟くと、クリスさんはキョトンとした顔になりながら聞き返してきた。
「え? 違うのですか?」
「ええ。私が使いたいのは、魔力ジドウシャの車輪にですよ……」
そう。まずはゴムタイヤを作ってみたいのだ。
私がようやく作りたいものの説明を終えると、彼女もやっと自分の酷い勘違いに気づいたようで、頬を染めながら俯いてしまった。
私は、ここで、時が来たら言おうと思っていた内容を、思わずポロッと零してしまう。
「それに、私は、もう、クリスさん以外の女性に私の子供を産んで欲しいとは、思ってもいませんよ……」
その発言を耳にしたクリスさんは、ガバッと顔を上げ、私の両肩に手を置きながら、かなり早口になってまくし立てた。
「ヒ、ヒデオ様!! 今のは本心ですか!?」
クリスさんの必死な形相を至近距離で見つめながら、私は、ああ、言ってしまったなとここで気づき、ありのままの本心を伝えることにした。
「ええ、本心です。ですが、もう少しだけ待ってはいただけませんか? 私の夢に、ようやく手が届きそうなところまで来ているのです。その全てが片付きましたら、私はあなたの所有物となるために、必ずあなたの元を訪れますから」
「はい……。はい」
クリスさんは両手で顔を覆い、その隙間から涙をボロボロと零しながら、私の求婚に応じてくれる。
「ただ、その時には、あなたも私の所有物になってもらいますね」
私が照れ隠しにそう言うと、クリスさんは嬉しさのあまりなのだろう、泣き崩れてその場にしゃがみこんでしまった。
私は彼女の強さに心惹かれた。
しかし、今だけは、弱弱しく泣き崩れるその姿がとても愛おしくて、私も膝立ちになって彼女を優しく抱きしめた。
クリスさんは私の胸でしばらく泣いていたのだが、まだ潤んだ瞳で私を見上げて、こう、おねだりを始めた。
「ヒデオ様、そのような幸せな未来のためであれば、私は万の時を超えてでも待ち続けて見せます。でも、一度だけでいいのです。その誓いの証を、口づけを、してはいただけないでしょうか?」
(そ、その顔でのおねだりは反則です。そんな表情で言われてしまっては、私は地獄の果てまで赴いて、魔王ですらも倒してしまいそうです)
私はそれに答える代わりに、目を閉じ、そっと顔を近づけていった────。
ここに、その誓いが成立した。
その瞬間、私たちの周りからは全ての音が消え去り、お互いの鼓動の音だけが鳴り響いていた。
もっとも、実際にはこのシーンを目撃していた、ラテックスを採取中の里のみんなから暖かい祝福を受けていたらしいのだが、それは、後になって判明した事実である。