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先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~

第139話 認めたくない現実

 それからさらに、三年の時が経過けいかしたころ

 私は半狂乱はんきょうらんになりながら医者をさがしていた。そして、少しでも状態じょうたいの良いものをと、毎朝、森に出かけて薬草を採取さいしゅしていた。

 メイがやまいたおれたのだ。

 この世にまれちたその日から、ずっと見守みまもり続けた存在そんざいが、私の孫が、私より先に年老としおいて死ぬ。

 その事実じじつは、私を恐怖きょうふのどん底へとき落とした。

 どうしてもそれをみとめたくない私は、必死になって、メイの治療法ちりょうほうさがし続けた。

 後になって、冷静れいせいになって考えてみれば、これは当たり前のことであり、けようのない運命うんめいである。

 しかし、この時の私は、そんな当たり前を考えることが、それをみとめることが、どうしてもできなかった。

 そんなある日。

 薬草を採取さいしゅしている時に、何かいやむなさわぎがき上がってくる。

 そのため、採取さいしゅを早めに切り上げ、いそぎ足でメイの家へとけつけた。

 家の前でずっと私を待っていたのは、メイの長男ちょうなんのキースだった。キースは、私が両手に薬草をかかえたままけつけた姿すがたを見ると、沈痛ちんつう表情ひょうじょうになり、少し声をふるわせながら、私をメイの元へといそがせる。

「ひいおじい様。お母様がおびです。できるだけ、いそいであげてください」

 その様子ようすに、私のむなさわぎはいや予感よかんへと昇華しょうかし、無意識むいしきのうちにけ足になりながらメイの寝室しんしつへといそいだ。

 とびらを開けると、エストをはじめ、私の家族全員がメイを見守みまもっており、いや予感よかんがどんどんと強くなっていく。

 私はそれを無理やり無視むしして、メイのまくらもとへとった。

「メイ、私です。今日も状態じょうたいの良い薬草が取れました。これから、すぐに薬湯やくとうにしますので、それを飲んでせいを付けてください」

 私が少し声をふるわせながらそうかたけると、メイはゆっくりとこちらにき、まるで聞き分けのない孫をさとすように、やさしくかたり始めた。

「おじい様……。もう、私には、それは必要ありませんよ?」

 一言ひとこと一言ひとこと、かみしめるようにしながら、メイはゆっくりと続きをかたる。

「私は、もう、十分じゅうぶんながきしました。私の人生はしあわせでした。もう、おなかいっぱいです。ですから、そろそろ、休ませてください……」

 その言葉の意味するところの理解りかいを、私の感情かんじょう拒否きょひした。

「何を言っているのですか、メイ。さあ、薬を飲んで、元気になりましょう。孫は祖父そふよりながきしなければなりませんからね」

 メイは、さらにさとすように、ゆっくりと私にかたける。

「おじい様、そのようなことは不可能ふかのうです。これは、ヒム族として生まれた私と、アルク族の先祖返りとして生まれたおじい様の、神様のさだめたもうた宿命しゅくめいです。いくらおじい様に英知えいちがあろうとも、それをくつがえすのは不可能ふかのうですし、やってはならないことなのですよ?」

 そう言って、メイはやさしく微笑ほほえんだ。

 そして、おもむろに中空ちゅうくうを見つめ、右手をばし始め、何かをつかもうとした。

「ああ……。お父様、お母様。そこにおいでだったのですね。メイも、今、そちらにまいります……」

 パタリと落ちる手。

 私はしらばくそれを呆然ぼうぜんながめていたが、われに返り、口元くちもとに耳をせて呼吸こきゅうを確認する。

 ────呼吸こきゅうをしていない。

 続けて手を取り、みゃくを確認する。

 ────みゃくをしていない。

 完全で不可ふかぎゃくな死が、そこにあった。

「あ……。ああ。ああああああああああああ!!」

 私はこんな現実げんじつは見たくないと、両手で目をふさぎ、言葉にならない声でさけびながら、その場にくずれ落ちた。

 どんなにきつく目を閉じても、どんなにきつく耳をふさいでも、絶対ぜったいみとめたくない現実げんじつが、そこにはたしかにあった。