先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第140話 大切な約束
私は、それから自室に引きこもり、思い出の中に逃げ込んでいた。
親友の二人を失った時でも、これほどの衝撃は受けなかった。
やはり、赤ん坊の頃からずっと見守ってきた孫は特別な存在なのだなと、ぼんやりと考えていた。
食事をとる気にもなれず、ずっとベッドの上で呆けていた。
これは後になって家族から聞いた話になるのだが、家族たちは、メイが亡くなったことそのものよりも、私のあまりにもな悲嘆ぶりにショックを受け、とても心配してくれていたようだ。
どれほどの時がたったのだろうか。エストが私を呼ぶ声がする。
「おじい様、エストです。せめて、食事をとってください」
私は、返事をすることもなく、ぼんやりと思い出に浸っていると、エストはいつの間にか部屋に入ってきていたようだ。
私をゆさゆさとゆすりながら、食事をとるように勧める。
「もう、丸二日も何も召し上がっていません。このままでは、おじい様が倒れてしまいます」
そう言いながら、何度も私に食事を勧める。
そんな心遣いも私には面倒なものに思えてしまい、投げやりにエストに応答する。
「こんな思いを子々孫々にわたってするぐらいなら、いっそ、このまま……」
私がそこまで口にすると、エストは右手を振りかぶり、バシッと私の頬を平手打ちにして、活を入れる。
「おじい様! しっかりしてください! そんなことをしてもメイは喜びませんよ!!」
そして、私の襟首を掴み、前後にゆすりながら、さらに活を入れる。
「メイとあの世で再会した時に、口もきいてくれなくなってもいいのですか! メイだけではありません!! お父様とお母様にも激怒されますよ! おじい様は、それでもいいと言うのですか!!」
「メイと、再会……」
「そうです!! おじい様は不老ではあっても不死ではありません! いつか、遠い未来、家族と再会した時、笑顔で会いたくはないのですか!!」
「笑顔で、再会……」
ここで、ようやく現実世界に目の焦点が合ってきた私は、必死に活を入れるエストを改めて見つめる。
エストは目に涙さえ浮かべながら、私に生きろと訴えかけ続ける。
「それに! おじい様!! この国の平民たちに対する責任を果たしてください!!」
「責任……。ですか?」
「ええ、そうです! おじい様は、この国の平民全てに夢を見せました!! 貴族たちに頼らなくても、自分たちでやってゆける領地があると! ガイン自由都市に行けば、真の自由を得られると!!」
エストは私の目をじっと覗き込み、そのまま私の責任の果たし方を説明する。
「私たち、定命のものでは不可能でも! おじい様であれば!! その無限の寿命であれば!! この領地の! この国の! その行く末を!! 見定めることができるはずです! それこそが!! おじい様の責任です!!」
(そうだ……。私には、この地に共和国を建国するという、夢があったはずです)
どうやら、私の夢は、もはや私だけのものではなく、この国の平民全員に共有されるものになっていたようだ。
ようやく目に光が戻った私を見つめながら、エストは少し安心した様子で一つ息を吐き出し、ある大切な約束を結ぶことを提案し始める。
「私もヒム族ですから、いずれはおじい様を置いて旅立つでしょう。ですが、その時を少しでも後にするために、私はこれからもっと健康に気を付け、できるだけ長生きすることを約束します」
「それは、なにものにも代えがたい、魅力的な提案ですね」
私も笑顔になり、その約束に飛びつく。
「では、まずは、長生きの秘訣をおじい様の英知から教えてください」
「そんなに複雑なことはしなくてもかまいません。バランスの良い食事をとることと、適度な運動を心掛けることです」
「具体的には、どうすれば?」
「もう年だからと、野菜ばかり食べるのではなく、肉もちゃんと適量食べることです。それと、散歩程度で構いませんので、毎日、軽い運動を継続することですね」
エストは力強く頷き、その約束を守ることを誓ってくれる。
「では、交換条件の約束です」
私は、どんな無理難題を吹っ掛けられるのだろうかと、少し身構えた。
「私がメイたちのところへと旅立つその時には、笑顔で見送ってください」
私は、やはり無理難題だったと、頭を抱えたくなった。
「そのようなことは不可能です」
しかし、エストは可能な範囲でと、約束を譲らない。
「別に、心からの笑顔をお願いしているわけではありません。作り笑いでも、強がりでも、なんでも構いませんから、顔の形だけ、笑顔を保ってください」
私はしばらく考えを巡らせ、作り笑顔でもいいのならと、その約束を了承した。
それでエストが長生きしてくれるのなら、私も頑張れそうだと感じたのだ。
「ありがとうございます、おじい様。ところで、もう一つだけ、孫からおねだりしてもいいですか?」
エストのその無邪気な様子が、幼い頃の昔話をねだる姿に重なって見えて、私は笑顔になってそれを了承する。
「ええ、もちろん。かわいい孫からのおねだりです。頑張ってかなえて見せましょう」
それを聞くと、エストは少し真面目な顔つきになって、約束を追加する。
「私だけでなく、シゲルやカズシゲたち、子孫を見送る時にも笑顔でお願いします」
私は少し悩んだが、それが孫の望みであるのならと、頑張って了承することにした。
こうして、私はエストと大切な約束を結び、それを子々孫々にわたり、ずっと守っていくことになるのである。