先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第138話 ヘイズの横顔
私の名前はヘイズです。
今年で三十一歳になった私は、現在、開校予定のダイガクのキョウジュとして、日々研究に勤しんでいます。
今でこそ好きなことをやりたいだけやれる環境ですが、ここに来るまでは紆余曲折ありました。
私はとある商人の息子として生まれました。
長男として生まれた私は跡取りとして期待されていて、両親からは学校で勉強を頑張るようにと言われていました。
幸いなことに、私は勉強が嫌いではありませんでした。
数学が好きで、初等学校を優秀な成績で卒業した直後には、両親へ掛け合って高等学校へと進学させてもらいました。
我が家はそれなりに裕福だったこともあり、特に反対されることもなく、無事に入学試験を突破してガイン公立高等学校へと入学しました。
そこで教わった内容は、私にとって衝撃的なものでした。
ガイン家の初代様が開いてくださった高等学校では、それまでお貴族様しか知らなかったであろう高度な知識の数々が、惜しげもなく平民に分け与えられていました。
私たち商人が普段から何気なく使っている数字に、あのような深い意味があるとは思ってもいませんでした。
そして、私はここで、学問の父としても称えられている初代様と出会います。
これから施行される条例であるトッキョやチョサクケンについて、特別講義をされていました。
私にとって、これらの新しい権利も衝撃的でした。
特にトッキョについては、若い技術者が新しい技術を発見すれば、一躍、大金持ちになれるのではないかと、夢が広がる内容でした。
そこで、職人の息子の同級生に語り掛けてみますと、あっさりと否定されてしまいました。
「修行先の親方に、そんな研究成果は取り上げられてしまうだろうさ。良くて、工房のトッキョになるだろうね」
それならば、個人的にトッキョ登録をすればいいのではないかと力説してみますと、そんなことをすれば工房にいられなくなると言われました。
そして、そんなことをしでかした弟子を、他の工房でも雇ってはくれないだろうとも。
それがどうしても納得できず、私は講義後の初代様を訪ね、なんとかならないかと相談してみました。
「私もヘイズさんの意見が正しいとは思います。ですが、世の中の仕組みを強引に変えてしまうと、いろいろと不都合がでてしまうのです。こればっかりは、時間が解決してくれるのを待つしかないですね……」
少し寂しそうな顔をした初代様に、そのように言われてしまいました。
お貴族様の初代様でも、変えられないものもある。
私はここで、世の中の理不尽を飲み込むという、大人としての経験を積みました。
それから時は流れ、高等学校を卒業して、商人の跡取りとして下積み修行を続けて十年以上が経過した頃。
あの初代様が、高等学校を超える学校のダイガクを作られるという噂を耳にしました。
そこで教師となるキョウジュを募集していて、その人には研究者としての役割もあるのだとか。
さらに高度な勉強ができる上に、それでお金ももらえる。
私にはそこが楽園に見えてしまいましたので、すぐに応募しました。
もちろん、それまで跡取りとして育ててくれていた両親には大反対されてしまいましたが、半ば家を飛び出すようにして、キョウジュを目指して勉強に励みました。
そこで、私はバケガクに出会います。
ちなみに、このバケガクという学問の名前ですが、カガクとも言うそうです。ただ、初代様なりのこだわりによって、バケガクと名付けたのだとか。
普段、何気なく目にしている物質は様々に変化し、その変化にも法則がある。
それは、目から鱗が落ちるような内容に思えまして、私は夢中になって勉強していました。
やがて基礎学習が終わり、初代様がいくつかの研究テーマを提示されました。
その中から好きなものを選び、研究をして論文を発表するようにとのことでした。
私は酒好きな大人になっていましたので、酒からショウドク液を作るという研究テーマを選びました。
なんでも、ショウドク液ができると、これで医者や助産師が手を洗うことにより、患者の死亡率を下げることができるとのことでした。
好きな酒が扱え、世の中のためにもなる。一石二鳥の研究内容だと感じまして、それを選びました。
ここで、私の人生は一変します。
ショウドク液の試作品から強い酒精が漂っていることを感じた私は、それを試しに飲んでみました。
そうすると、これまでに飲んだことのない強い酒になっていまして、私はそれの魅力に取りつかれてしまいました。
初代様に頼んで私の研究テーマを変えてもらい、私は新しい酒を造る研究に没頭するようになります。
この時は、まだ、私が後に「ジョウリュウ酒の父」という二つ名で呼ばれるようになるとは、夢にも思っていませんでしたが。