先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第137話 すこっち
教授予定の研究者たちを募集してから、三年の月日が流れた頃。彼らの教育も順調に進んでいた。
この間に、私は研究テーマの一つとして、アルコールの蒸留を思いついていた。
高濃度のアルコールができれば、いろいろと使い道はある。
単純に使っても消毒液や室内温度計が作れるし、アルコールは薬剤の溶媒としても優秀であるため、いろいろな有効成分を溶かして抽出するなどの使い方もできる。
簡単な蒸留器を自作した私は、水銀温度計を片手に希望者と一緒にその研究を初めていた。
とりあえずの目標は、消毒用のアルコールの作成としていた。
そして、しばらくの時が経過した頃。
研究者に自主的な研究をさせていた私は、進捗状況を確認しようとその研究室を訪れてみると、酔っぱらってしまっている彼を見つけた。
「その様子ですと、『蒸留』した『アルコール』を飲んでしまったのですね……」
私が思わず溜め息を吐きながらそう告げると、彼はガバッと顔をこちらに向け、勢いがついたように語り始めた。
「初代様! こんなに強烈な酒精が漂っているものを、飲みもせずに研究者は名乗れませんよ! 飲んでみたらうまいじゃないですか! これをショウドク液にするなんてとんでもない!!」
この研究に名乗りを上げた彼はヘイズさんという名前で、かなり細身で糸目の、いかにも眼鏡が似合いそうなインテリさんである。まあ、眼鏡そのものをこの国で見たことがないのだが。
そんな彼が、研究テーマについて意見を述べ始めた。
「これは、この地の特産品になりますよ。私の研究テーマを、ショウドク液からこの新しい酒に変更してもらえませんか?」
私は一つ頷いて、許可を出す。
「まあ、それもいいでしょう。本来であれば、研究テーマは各人で自由に決めてもらうつもりでしたから」
彼は笑顔になって礼を述べ、ある質問を始めた。
「ありがとうございます! ところで初代様、この酒には名前が既にあったりしますか?」
「これはビールから作っていますので、麦『焼酎』ですね」
「ショウチュウですか。変わった雰囲気の名前ですが、意味とかはあったりしますか?」
私は再び頷いて肯定し、返答する。
「ここからは遠いある国の言葉で、焼けるほど強いお酒、という意味になりますね」
「ほうほう、なるほど、なるほど。この酒にぴったりの名前ですね」
私は再び焼酎を飲もうとする彼を制止し、ある質問をしてしまう。
「しかし、ちょっと『蒸留』しただけのお酒が、そこまでおいしいのですか?」
そうすると、ヘイズさんはキョトンとした表情になり、私に再び質問をする。
「え? 今、聞き捨てならないことをおっしゃいましたね。これ以上の酒が造れるのですか?」
「ええ。このお酒を樽に入れて、風通しの良い冷暗所で少なくとも三年以上は寝かせます。そうすると、琥珀色に輝く、まろやかで飲みやすいお酒になるそうですよ?」
ヘイズさんは、バンッと膝を叩いて、さらに質問を重ねていく。
「琥珀色に輝く酒! 素晴らしい!! 私の研究テーマは、その酒の開発にします! ところで、その酒にも既に名前があったりしますか?」
私はそのあまりにも熱心な様子にすっかりと吞まれてしまい、どんどんと前世の世界の情報を垂れ流しにしてしまう。
「ええ、もちろん。この場合は『ウィスキー』ですね」
「これは、また、変わった名前の響きですが、それにも意味が?」
私は前世の記憶をたどりながら、その語源の豆知識を思い出す。
「『焼酎』を作っている国とはまた違った国で発達したお酒で、確か、命の水という言葉が語源だったと思います」
「命の水ですか! 素晴らしい名前ですね!! ああ……、すぐにでも飲んでみたい。けれども、最低でも三年は待たないといけないのか……」
そうやって、天を仰ぎだした彼を見ながら、私はついつい、余計な蘊蓄までも語ってしまう。
「この地に『泥炭』があれば、その中でも高級品の『スコッチ』が作れるのですが……」
私が小さく呟いてしまったその内容を彼は耳ざとく聞きつけたようで、ガバッと音がしそうな勢いでこちらに振り返り、私の肩を両手でつかんでその意味を問いただす。
「ちょっと、初代様!! うぃすきーの中でも高級品ですと!? ぜひとも、その製法を伝授してください!!」
私はその勢いに若干引いてしまいながらも、その製法について語り始める。
「一番の違いは、『スモーキーフレーバー』と呼ばれる豊かな香りになりますね」
「琥珀色に輝く、香り豊かな酒……」
ヘイズさんはそう言って、しばらくはうっとりとしながら、その未知の酒の味を想像していた。
「そ、それは、いったいどうやって作れば?」
「この国では無理ですね」
「えぇ……。それはなぜですか?」
彼はがっくりと肩を落としていたが、それでも諦めきれないのか、その原因を問いただした。
「もっと寒冷な地域の湿地帯であれば、簡単に手に入る『泥炭』というもので原料の麦芽を燻し、香りを付けるのです。しかし、その肝心の『泥炭』が、この国は温暖すぎて手に入らないでしょう」
私は無理な理由を語ったのだが、その中に何かヒントがあったようで、目に光が戻った彼は、ぶつぶつと、その研究内容について呟いていた。
「デイタンなるものがどんなものかは分からないですが、要は煙で燻せばいいのでしょう。ならば、燻製の方法を応用すれば、あるいは……」
私はその様子をしばらく眺めていたが、これなら自分で決めた研究テーマを熱心に研究してくれるだろうと、好きにさせることにした。
これは先の話になる。
ヘイズさんはその生涯を蒸留酒の研究に費やし、二十年ほどかけて、「すこっち」の開発に成功する。
それは、様々な木材のチップでスモーキーフレーバーを再現したものだった。
記憶にあるスコッチとはまた別の香りになっていたが、あまり酒を飲まない私でも、十分においしいと思える出来になる。
そして、原料をビールからワインに変更した「ぶらんでー」も開発され、それらがガイン自由都市の新たな特産品として広まってゆき、この都市の税収も増えることになる。
ちなみに、すこっちやぶらんでーは、私にとっては強すぎる酒になっていたため、水割りにして、氷を浮かべて飲んでいた。
それを館のメイドさんたちが見ており、その新たな飲み方、「ミズワリ」や「おんざろっく」も広まることになる。
そのための氷を作るためだけの小型レイトウコの開発も、私はやらなくてはならなくなるのである。