先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第116話 エストの横顔
私の名前はエスト。エスト・ウル・ガインです。
おじい様が作った領地、通称ガインの都市の三代目領主をやっています。
私にとって、そのおじい様は小さな頃からの自慢でした。
どんなにささいな質問をしても丁寧にかみ砕いて説明してくれるその姿が、とても知的で格好良く見えたのです。
私もおじい様みたいな人になりたいと、言葉遣いを真似しているうちに丁寧な口調が身につきました。
おじい様の子供時代を真似すれば、あのように立派な人物に成長できるのだろうかとも考え、幼少時代の話を繰り返しねだってもいました。
まあ、そのうちに、森の隠れ里のお話そのものが面白くなっていったのですが。
少し成長すると、学校の勉強も頑張るようになり、卒業後にもおじい様から直接教わって勉強を続けていました。
私がどんなに勉強しても、おじい様の知識は尽きることがありませんでした。
そのうちに疑問に思うようになったのです。おじい様のあの知識は、いったいどこで身に着けたものなのかと。
おじい様に聞いてみますと、少し目を泳がせながら、故郷で学んだものだと答えてくれました。
ですが、私はその返答に納得できませんでした。
だって、そうですよね?
小さい頃から繰り返し聞いていたおじい様の里の様子を考えれば、あのような高度な知識を学べるはずがないのですから。
ですが、聞かれたくなさそうな雰囲気を感じ取りましたので、それ以上の追及はしませんでした。
後になって気づいたのですが、このことは、かなりの英断だったと感じています。
そして、あるときに気づいたのです。ひいおばあ様に聞いてみればいいのだと。
おじい様の小さい頃に母親として付き添っていたひいおばあ様であれば、あの知識の秘密を知っているかもしれないと考えました。
そして、妻のローズと共に二度目の森の隠れ里を訪れた時、そのチャンスが巡ってきました。
家族で狩りに出かけようとすると、おじい様は少し別の用事があるからと、同行を断ってきたのです。
おじい様がいない間にと、ひいおばあ様に聞いてみました。
おじい様のあの知識は、どこで身に着けたものなのですか、と。
おじい様は故郷で学んだと言っていましたが、ここではないですよね、と。
そうすると、ひいおばあ様は、微笑みながら真相を語ってくれました。
「あやつにはの、故郷が二つあるのじゃよ」
おじい様のもう一つの故郷? それはいったいどこなのでしょうか。そう思い、聞いてみますと、ひいおばあ様は右手の人差し指を上に向けました。
「それはの、あそこじゃよ」
指さす方向を見上げても、澄み渡った空しか見えません。
しかし、その後、ある閃きを得たのです。空の上にある故郷とは、と。
私が思わず、まさか……、と声に出しますと、ひいおばあ様はウンウンと頷いてから教えてくれました。
「あやつの知恵は生まれる前からのものじゃ。そして、あのような知恵を学べる場所など、神々の住処しかあるまい?」
なんということでしょうか!
私のおじい様は凄い人だと思っていましたが、私なんかの想像を遥かに超えた人だったようです。
言われてみれば納得もしました。
おじい様の種族、アルク族の先祖返りは、神話の時代において神々と共に地上で暮らしていたと聞きました。
残念ながら、神々は地上から姿を消されてしまいましたが、今も先祖返りの人たちは神々と共に暮らしているのだとしたら。
その場合、その住処は天上の世界しかあり得ません。
そして、そのような場所から地上に遣わされたおじい様は、真に正しい意味での神の御使いだったのです。
きっと、神々の知識を、この地にもたらすために遣わされたのでしょう。
おじい様がその知識の出どころを隠そうとするのも、何か神々との約定があるのかもしれません。
これは、随分と後になってからのことになるのですが、私はある時、おじい様にその知識はどこで身に着けたのですかと聞いたことがあります。
どんな言い訳をするのか、ちょっと楽しみで、意地悪をしてしまいました。
そうすると、おじい様は目を泳がせながら、貴族しか買えない本から得た知識だと答えました。
そんなはずはありません。
貴族たち、いえ、この国のどこにも、おじい様のような知識を持っているものは存在しないのですから。
ですが、これ以上は神々との約定に違反してしまいます。
私はさも納得したように返答したのでした。
衰退を続けている我々人類を神々が憐れんでくださって、その知識の一端を授けるように、おじい様に命じてくださったのでしょう。
そう考えれば、おじい様が領地をもらうとすぐに学校を作ったのも納得です。
神々から見れば貴族も平民も関係がないのですから、人数の多い平民に積極的に知識を広めていこうとしたのでしょう。
私は今でも、ヒム族に生まれてきたことを残念に思っています。
もっと長い寿命が欲しかった。
そうすれば、いずれおじい様が作られるであろう地上の楽園を、この目に収めることもできたでしょうに。
ですが、ないものをねだっても仕方がありません。
私ももう四十六歳ですから、これからは健康に気を付けて、少しでも長生きしたいと思っています。
これからも続くであろうおじい様の活躍を、少しでも長く側で見続けられるように。