先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第109話 二度目の恋
島の里を二度目に訪れてから、数か月が経過していた。
当初の予定ではもう帰っているはずだったのだが、里のみんなやクリスさんに引き留められていて、ずるずると滞在日数を延長していた。
結局、エダマメが食べられる時期になるまで滞在してしまっていた。
私はいつものようにクリスさんの小屋を訪れ、会話を楽しんでいた。
「ヒデオ様、エダマメの塩ゆではとても美味しいですね」
クリスさんはとてもいいニコニコ笑顔で話し続けている。
「ええ。止まらない美味しさですよね」
私は少し苦笑を交えながら注意をする。
「エダマメはとても美味しいのですが、食べすぎてしまって、来年の分のダイズがなくならないように注意してくださいね」
私と共にいられる時間が増えたためなのか、最近のクリスさんはすこぶる機嫌がよく、いつも笑顔になっていた。
毎日、とても嬉しそうなクリスさんには申し訳ないのだが、さすがにそろそろ帰らないと、家族が心配してしまう。
「クリスさん、大変申し訳ないのですが、連絡もせずにずっと滞在してしまっては、家族が心配してしまいます」
私がそう切り出すと、クリスさんは若干顔を曇らせながら確認をしてきた。
「でも、今回の滞在では、余裕を見て日程を組んでいるのですよね?」
「そうなのですが、さすがに延長しすぎています。もう帰還しませんと……」
クリスさんはエダマメに伸ばしていた手を止め、真面目な表情になり、二度目の求婚をしてきた。
「ヒデオ様、私と夫婦になりましょう。ずっとここで、楽しく幸せに暮らすのです」
私は目をつぶり、しばらく考えを巡らせてから返答をする。
「魅力的な提案ではあるのです……。ですが、やはり、私は夢を捨てきれません。返事は待ってもらえませんか?」
「その夢は、どの程度の時間がかかる見込みなのですか?」
「早くても、後二百年といったところでしょうか?」
クリスさんは少し寂しそうな顔をした後、一つ頷いてから了承の返事をしてくれる。
「私も寿命が長いのです。ヒデオ様の夢が成就するまで、ずっと待っていますね……」
そして、また鼻をぷくりと膨らませ、ふんすーっと、鼻息を荒くしながら宣言をする。
「でも、私はただ待つだけの女には絶対になりませんよ? いつか必ず、ヒデオ様を篭絡してみせますとも」
私は少し微笑みながら、それに返答をする。
「それは、少し怖いですね……。クリスさんほどの美女に篭絡されてしまうと、私は骨抜きにされてしまいそうです」
クリスさんも微笑みながら、それに応じる。
「ええ、骨抜きにして差し上げます。覚悟しておいてくださいね」
私たちは、しばらくそうやって微笑み合いながら語り合った。
(なんだかんだで、私の夢を応援してくれて、ずっと待ってくれるなんて、健気で可愛い人です。なんだか、ドキッとしてしまいそうになります。これは、本当に、篭絡されてしまうかもしれませんね。しかし……)
私はそのまま考えを進め、そこで初めて、自分の隠された本心に気づき始める。
(いつか、全てが終わって楽隠居するとしたら、やはり、私の里で暮らしたいですね。祭司長様とずっと二人で……)
ここで、思わずハッとなる。
(え? ずっと二人で、ですか?)
私はこの時になって、ようやく、心にずっと引っ掛かっていたモヤモヤの正体に気が付いた。
(もしかして、私は、祭司長様を母ではなく、一人の異性として愛しているのでしょうか?)
心の中でだけ、頭を振って否定しようとする。
(しかし、祭司長様は、私を異性としては見てくれないでしょうね……)
私を小さい頃から一番見守ってくれたのが、他ならぬ祭司長だ。彼女は、私を息子としては愛してくれるだろうが、夫として意識してもらえるとは到底思えない。
こうして、ようやく自覚した私の二度目の恋は、苦い思いから始まることになる。
私が思わず少し苦い顔をしてしまったのを、クリスさんは別れを惜しんでいると解釈してくれたようで、特に不審がられはしなかった。
その後、再び数年おきに訪問する約束をクリスさんと結びなおし、私は数日後になるとガインの町への帰路についていた。