先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第106話 再訪問
島アルクの里を訪問してから、二年ほどが経過した頃。
私はいろいろと準備を終えていて、後は再訪問の旅へと出発するだけになっていた。だが、ネリアが臨月だったため、出発を少し延期していた。
そんなある日、予定通りにネリアの出産が始まった。
生真面目なレオンさんは、ただじっと黙って、目を閉じてその時を待っていた。それでも、手が祈りの形になることがあったので、きっと心の中では無事に生まれてくることを祈り続けていたのだろう。
その祈りが届いたのか、元気よく生まれてきた子供は男の子で、後にヴィルと名付けられた。
レオンさんによく似た顔つきで、お父さん譲りの緑の瞳をしていたが、髪の色はお母さんに似たようで、赤髪であった。
(これで、ローズさんから続いて親子三代とも赤髪ですか)
私はそんな感想を抱きながら、頑張ってくれたネリアと、とても安堵した様子を見せているレオンさんを心から祝福した。
生まれたばかりのヴィルを抱かせてもらったり、おむつを変えさせてもらったりしながらしばらくは幸せな日々を過ごした後、私は約束通り、島アルクの里へと出発した。
ミソ作りに必要になる麹も、ちゃんと背負って運んでいた。
ただ、ダイズは種まきに必要になってくる量なども考慮に入れ、ガイン村のブランド品種の種をあらかじめ手配しておき、エルベ村へと運び入れていた。
今はお金を払ってエルベ村の倉庫に一時保管してもらっていて、私が出発した後に数回に分けて輸送してもらう手筈になっている。
そうやって、島にたどりついた時には、近くで漁をしていた島アルク族の男性が笑顔で挨拶してくれた。
「ようこそいらっしゃいました、森の祭司様」
「またお世話になります」
彼は挨拶もそこそこにして、祭司長様に知らせてきますねと断りを入れると、里へと向けて走り出していた。
私は浜辺で輸送されてくるダイズを待っていると、クリスさんが満面の笑顔で小走りになりながら私の元へとやって来た。
「ヒデオ様、おかえりなさいませ」
「はい。ただいま戻りました」
この里は私の生まれ故郷ではないが、仲間の一人として挨拶してくれるクリスさんに、私は感謝を込めて挨拶を返した。
一緒に迎えに来てくれた島の里のみんなに手伝ってもらい、やがて到着した小舟に積み込まれたダイズを運び込んでもらった。
「ヒデオ様が背負ってらっしゃるのは、ダイズではないのですか?」
「ああ、これはコウジと言います。ミソ作りの材料ですね」
そう言ってからクリスさんに麹を見せると、少し不思議そうな顔になって質問してきた。
「これはカビのように見えるのですが、コウジというのですね……」
そんなクリスさんに対し、私は微笑みながら説明を加える。
「コウジはまぎれもなく、カビの一種ですよ?」
そう言うと、クリスさんの顔は少し不安そうに変化した。
「え? そのようなものを食べ物に混ぜてしまって、大丈夫なのですか?」
私はそれに大きく頷きを返し、説明を追加する。
「ええ。これは食べても害のない、むしろ有益なカビですので」
そういう質問もあるだろうなと思っていた私は、そのまま続けて、発酵の仕組みについても説明することにした。
「ものが腐るのは、目には見えない小さな生き物が増えるからです。これと同じ原理を利用したもので、人に有益なものを発酵と呼びます。この里でも、お祝いの時にはお酒を飲みますよね? あれも、発酵の原理を利用して作られているのですよ?」
クリスさんは驚いた顔になって、確認を取り始めた。
「そうなのですか? では、お酒の中にも、その小さな生き物がいるのでしょうか?」
「ええ。この里で飲まれているお酒はブドウを発酵させたワインですから、『乳酸菌』という名前の生き物がたくさんいるはずです」
「そ、そんな……」
少し気味悪がっている様子になったので、私は安心させるべく、笑みを深めて説明をさらに加える。
「ニュウサンキンは、体にいい働きをしてくれる生き物ですよ?」
「お腹を壊したりはしないのですか?」
私は大きく頷き、肯定する。
「もちろんです。実は人の腸内にも体にいい働きをする生き物が住んでいまして、私たちに限らず動物は全て、そういった生き物と共存しているのです」
そんな会話を楽しみながらクリスさんの小屋へと到着し、二年前と同じように食事と会話を楽しんでから私用にと保存されていた小屋へと入り、その日は就寝した。