先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第104話 モヤモヤ
ここ数日、クリスさんと一緒の時間が増えていた。
私もそこまで朴念仁ではないので、彼女が私に好意を寄せているのには気づいていた。里のみんなにも彼女の恋心はバレバレの様子で、むしろ応援されているようだ。
「食材の調達なんかは我々がやっておきますので、祭司長様は、森の祭司様をおもてなししてあげてください」
そのように言われて、できる限り二人きりになれるように仕向けられていた。
私はもう百歳を超える年齢になっているのだが、肉体的、精神的にはまだ若い男性であると思っているため、クリスさんのような美女に思いを寄せられるのは、とても嬉しいことだ。
(クリスさんであれば同じ先祖返りです。寿命については考えなくてもいいので、お付き合いしてみましょうか)
そう思っているはずなのに、なぜか胸がモヤモヤしてしまう。
(女性から告白させるのも失礼でしょうから、私からお付き合いを申し込むのがいいはずなのですが……)
お付き合いを申し出ようとすると、どうしても胸に引っかかりができてしまい、なぜかできない。
(この胸のモヤモヤは、いったい何なのでしょうか?)
そのように考え、心の中でだけ何度も首を傾げながら、クリスさんとの雑談を楽しんでいた。
この時はまだ、私はそのモヤモヤの正体に全く気づいていなかった。
「もう里のだいたいの場所は回ってしまいましたね。ヒデオ様、今日はどのようにして過ごしましょうか?」
毎食のようにクリスさんに食事に誘われるので、今では自分から彼女の小屋に通うようになっていた。
その食事の席で、彼女はとても嬉しそうに顔を綻ばせながら、今日の予定を尋ねてきた。
「そうですね……。今日は、ここでお喋りをして過ごしましょうか」
「それは楽しそうですね! 私、ヒデオ様とずっとお喋りしていたいです」
クリスさんは、さらに輝くような笑顔を向けてきた。私はそれが少し眩しくて、思わず目を細めて微笑みながら今日の話題について語る。
「私の里については今までの会話にちょくちょく出てきましたので、今日は、私の領地についてお話しましょう」
私がそう言うと、クリスさんは少し首を傾げながら質問してきた。
「ヒデオ様は、王国の貴族なのですか?」
私は軽く頷いてから、その経緯について語る。
「私は王国で傭兵をしていた時期があるのですが、そこで少し武勲を立ててしまいまして……。その褒美として、ガイン村という小さな村を領地としてもらったのです」
私のそんな説明に対し、クリスさんは少し目を輝かせながら確認を取る。
「では、ヒデオ様は領主様なのですね」
私はそれに微笑みを返し、軽く頭を振りながら返答する。
「今は、もう領主ではありませんよ?」
クリスさんは、少しだけあれ? といった表情になり、さらに質問を重ねる。
「では、領地はどうなったのですか?」
「とっくに息子に領主を譲り、今は孫が……」
私がそこまで口に出すと、クリスさんは突然目を見開き、会話を遮って私を問いただし始めた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 今、何とおっしゃいました?」
私は、どうしたのだろう? と思いながら、返答を続ける。
「ですから、とっくに息子に領主を……」
再び私の話を遮って、突然、クリスさんがヘナヘナと崩れ落ちた。
「そ、そんな……。ヒデオ様には、もう既に奥様がおられたのですね……」
その言葉で、彼女が何を勘違いしているのかを悟った私は、安心させるべく、できるだけ優しい口調を心掛けながら説明を続ける。
「クリスさん、誤解です。私に妻はいませんし、血を分けた子供もいません」
「で、でも、今、息子がいると、確かに仰いましたよね!?」
必死な様子のクリスさんを宥めるために、私は微笑みを深めながら言葉を続ける。
「実子ではありません。養子ですよ」
「そうなのですか?」
やっと少し落ち着いたようで、顔色も良くなってきたクリスさんが説明を求めた。
「私の寿命では、半永久的に領主をしなければならないと気づいたので、親友の夫婦に頼んで養子になってもらったのです」
「では、今、思いを通わせている女性は……」
「いませんよ」
私が間を置かずにきっぱりと否定すると、クリスさんはいきなり立ち上がり、右手で握り拳を作って宣言した。
「では、私がヒデオ様の妻になることもできますね!!」
ふんすーと、鼻息も荒く宣言した彼女は、今、自分が何を口走ったかをしばらくして理解したようで、ワタワタとしながら言い訳を始めた。
「あっ! い、今のはですね、あの、その……」
そう言って真っ赤になっているクリスさんの様子がとても可愛らしく見えてきて、私は思わず笑いだしていた。
「もう! 笑うだなんて、ひどいですわ!!」
そっぽを向いてしまったクリスさんに、私は右手を口に当てて笑いをこらえながら宥めてみる。
「すいません……。クリスさんが、あまりにも可愛らしかったので……」
私が少し肩を震わせながらそう言うと、クリスさんはそっぽを向いたまま、頭から湯気が出そうなほど顔を真っ赤にして呟いた。
「か、可愛い……。私、可愛い……」
そう繰り返しながら、にへらーっと、だらしなく笑った顔で、彼女はしばらく夢の世界の住人になっていた。
よだれが垂れているのは、言わぬが花だろう。
そんな様子を、私はずっと微笑んだまま眺めていた。
かなり時間をかけた後に現実世界に帰還した彼女と、ガイン村が今は町になっている様子などをずっと語り明かして、その日は過ぎていった。