先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第102話 地引網漁と歓待の宴
それからしばらくして、中央に集まっていた島の里のみんなに、祭司長のクリスさんが直々に私の紹介を始めてくれた。
「こちらが森の同胞の祭司様です。遠路はるばる、我らの里までお越しいただきました」
島の里のみんなは、私の里と同様にとても温厚な様子で、温かく私を歓迎してくれた。夜になると、私を歓待するための宴まで開いてくれるらしい。
ただ、まだ昼前であったため、少し時間があった。
そこで、この里の生活の様子を見て回りたいと申し出てみると、クリスさんが自ら案内してくれることになった。
最初に見に行ったのは漁の様子である。私の里には海や川がないため、どのように漁をしているのかとても興味があったためだ。
クリスさんと雑談を楽しみながらゆっくりと歩き、やがて海辺にたどり着くと、小舟で網を沖合に投げている様子が見て取れた。
どうやら、ああやって網を張って行き、陸地から引き上げる地引網漁のようだった。
私は早速、隣でとても楽しそうにしているクリスさんに質問を投げかけてみる。
「あの漁法は何というのですか?」
「あれは地引網漁と申します」
この世界での、地引網漁にあたる単語を私は知った。
それから、お昼ご飯として出してもらった焼き魚と魚貝類のスープは、塩と海藻とハーブで味付けがなされており、出汁が良く出ていてとても美味しかった。
私も何か夜の宴の食材を提供したいなと思い、適当な鳥でもいないかと、空をきょろきょろと見渡していた。
そんな私の様子を目にとめたクリスさんが、少し首を傾げながら質問をしてきた。
「ヒデオ様、いったい、何を探しておいでなのです?」
「鳥でも狩れないかと思いまして」
「それでは、なぜ、地面ではなく空を見上げておられるのですか?」
私がどうやって説明しようかと、軽く顎に手を当てて考えている時、視界の端に白い四羽のチル鳥が空を飛んでいるのをとらえた。
行動して見せた方が早いなと考えを巡らせ、そのまま魔法を発動する。
『多重風刃』
チル鳥たちはまだかなり遠方であったが、目に見える範囲であれば、必ず命中させられるという自信がある。
私は右手を上下左右に振りながら四つのかまいたちを操作していき、全て首に命中させた。
魔力操作をするのに手の動きは必要ないのだが、こうするとより正確に制御が行えるような気がして、遠方の目標を狙う時の癖になっていた。
その様子を隣で見ていたクリスさんは、目を見開いてとても驚いた顔になって感想を述べる。
「まさか、あのような距離の鳥の首に、正確に全て命中させることができるだなんて……。森の同胞の魔法の腕は凄いのですね」
私は軽く頭を振りながら正解を告げる。
「いえ……。私の里でも、これは私にしかできない技になっていますね」
そう返答すると、クリスさんは顔をこちらに向け、尊敬の眼差しになって質問を重ねてきた。
「まあ……。では、ヒデオ様はどのようにして、その腕を身に着けられたのですか?」
そのように言われると少し照れてしまう。
私は頬をポリポリと指でかきながら、正直に説明する。
「私は小さい頃から魔法がことのほか好きだったので、ひたすら魔力制御の訓練を繰り返していましたら、いつの間にかできるようになっていました」
そんな会話を楽しみながらチル鳥の落下地点まで歩いていき、里でいつもしていたように、水魔法を応用した血抜きと解体を済ませた。
「これで、私も今夜の宴に貢献できましたかね?」
私がクリスさんにそのように質問すると、彼女は、ウンウンと頷きながら同意してくれた。
「もちろんです。このようなご馳走を、一度に四羽も食べられる機会はまずございませんから」
そんな雑談を楽しみながらゆっくりと歩いて島を巡り、里に帰ってから調理を担当しているご婦人方に鳥肉を渡すと、とても喜んでくれた。
それからしばらくして始まった宴の席で、こう言ってチル鳥の香草焼きをまるまる一羽分渡された。
「これは、森の祭司様と祭司長様で食べてください」
残りの肉はどうやって食べるのかと思い、尋ねてみると、子供たちに分け与えるようだった。
「それでは、子供たちの一人分が少ないでしょう。私はかまいませんので、子供たちに分けてあげてください」
私がそう申し出ると、笑顔で頭を振って辞退された。
「いえいえ……。森の祭司様が直々に狩ってこられたお肉ですから。お客人に、これ以上のお手数はおかけできませんよ」
チル鳥の肉を分けられた子供たちの様子をこっそりと観察してみると、仲良く分け合って食べていた。
「やはり、この里のみんなも私の里と同様で、とても仲が良くて素晴らしいですね」
私がそのように感想を述べると、クリスさんは顔をこちらに向け、質問してきた。
「では、森の同胞も、やはり仲がいいのですね」
私は大きく頷きを返し、返答する。
「ええ……。私の里でも、めったに争いごとは起こりません。大声で叱られたのも、子供の時の一度きりでしたね」
私が過去を思い出しながらそう告げると、クリスさんは少し目を見開き、右手で口を覆って驚いた様子になって質問してきた。
「まあ……。何をしてそのように叱られたのですか?」
私は少し気恥ずかしくなってしまい、頬を右手の人差し指でポリポリとかきながら説明した。
「初めて魔力の使い方を教わった時に、嬉しすぎて魔力を使いすぎてしまいまして……。連日のように気絶を繰り返していたのです」
私がそう告げると、クリスさんは急に怒った顔になり、私を叱りつけ始めた。
「そのようなことをすれば、叱られて当然です!」
その剣幕に驚いていると、クリスさんは両手の拳を握りしめ、力説を始めた。
「もし、その時に心臓が止まってしまっていたら、このような素敵な出会いもなかったのですから。ヒデオ様、約束してください。もう二度と、気絶するまで魔力は使わないと」
私は大きく頷きを返し、その意見に同意を示す。
「クリスさんの仰る通りですね……。私が愚かでした。約束します。ですから、この素敵な出会いを提供してくださった、ご縁の神様でもある風の神様に感謝して、少し飲みましょう」
私のこの返答を聞いたクリスさんは、とても嬉しそうに何度も頷いていて、しばらくは、二人でチビリ、チビリとお酒を楽しんだ。
この里には、火魔法と光魔法も伝わっているようだ。
火種の魔法で火を点けた竈で調理を行い、光球の魔法で辺りを照らしながら宴は進んでいった。
「この里には、火魔法と光魔法も伝わっているのですね」
私のそんな感想に対し、クリスさんは少しだけ首を傾げながら質問してきた。
「森の同胞の里には伝わっていないのですか?」
私はそれに一つ頷きを返し、私なりの理由について説明を加える。
「ええ……。おそらく火魔法は、森で大きな火を扱うのは危険ですから、少しずつ廃れていったのでしょう。光魔法が伝わっていないのは、ちょっと理由が分かりませんが」
そうやってクリスさんとの会話を楽しみ、やがて始まった島の里でのお祝いの踊りを鑑賞していると、宴は終わりを告げた。
その後、今は空き家になっているという小屋を紹介されて、私は宴に十分に満足しながらそこに宿泊してこの日を終えた。