先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第101話 クリスの横顔
私の名前はクリス。
島アルクの里で祭司長をしている先祖返りの女性です。
私たちのご先祖様は神話の時代に神々と一緒に暮らしていて、そこで様々な知恵を授けられたと言われています。
その代表的なものが魔法ですが、それ以外にも、火を用いた文化的な暮らしの方法も授けられたそうです。
そんなご先祖様たちと同じ姿で生まれてきた先祖返りは、神々と人との仲立ちをする存在だと考えられていまして、とても大切に育てられます。
私も里のみんなから敬われています。
それはいいのです。いいのですが……。
私だって一人の女です。素敵な殿方の元へと嫁いで、そのお方の子供を産み育てたい。
そう思ってしまうのは、ダメなことなのでしょうか?
しかし、里のみんなは、私のことを敬ってはくれても、恋愛対象としては見てくれません。
名前ですら呼んでもらえず、祭司長様と、少し距離感のある呼ばれ方をしてしまいます。
ですが、それも今日までです。
私は、今日、運命の出会いを果たしました。
今日はいつもと変わらぬ日常として始まりました。この世に生を受けてから三百年以上変わらぬ日常です。
私はその時、昼食は何にしようかしらと、大して広くもない小屋の中で考えながら台所へと向かい始めていました。
そんな時にロクスから呼ばれたのです。
「とても珍しいお客人をお連れしました」
こんな辺鄙な島を訪ねてくるだけでも珍しいのに、わざわざ珍しい客人と強調するなんて、どんなお客様でしょうか?
私はそんなことを考えながら歩き始めた向きを変え、玄関へと歩を進めます。
そこで見たのは、私と同じ先祖返りの男性でした。
私を見た瞬間、その殿方の目が大きく見開かれ、とても驚いた顔になって凝視されてしまいます。
ロクスの紹介によると、このお方は、森の同胞の祭司様だそうです。ですが、私はその説明をほとんど聞いていませんでした。
だって、仕方がないでしょう?
こんなにも熱のこもった目で見つめられるだなんて、生まれて初めての経験だったのですから。
そうよ。そうそう。こういう目で見られたかったのよ。
祭司長なんていう偉そうな立場ではなく、ただただ、一人の女性として見て欲しかったのよ。
でも、こういう視線に慣れていないからかしら?
なんだか、とても、とっても恥ずかしい……。
私は思わず左頬に手を添えて、俯いてしまいます。
たぶん、顔も赤くなっているという自覚がありますが、どうしたらいいのかも分かりません。
そんな、心地よいけれども気恥ずかしい気分のまま、何かを返答したはずなのですが、自分でも何を口走っているのかよく分かりません。
「これはすいません、島の祭司長様。あまりの美しさに、思わず見とれてしまっていました」
その後も何か森の祭司様は仰っていたようですが、私の耳には届いていませんでした。
だって、そうでしょう?
そうやって、少しどもりがちになりながら喋っておられる様子を下から仰ぎ見てみますと、俯き加減で顔を真っ赤にしておられるのですもの。
ああっ……! そうよ、こういう人とずっと出会いたかったのよ!
私を一人の女性として見てくれて、その上、熱のこもった視線も向けてくれる。
こんな出会いを、ずっと、ずうっと待っていた。待ち望んでいたのよっ!!
でも、私のことを美しいと言い切ってくださったのはとても嬉しいのですけど、あまりにも恥ずかしすぎて、もう私は青息吐息で死にそうです。
思わず両手でがっしりと頬を押さえてしまって、さらに俯いてしまいます。
もう、私の顔はすっかりと茹で上がってしまって、真っ赤に染まってしまっているでしょう。
その後、何かを返答したはずなのですが、夢見心地になってしまった私は、いったい何を口走っていたのでしょうか?
かなり心配になってきましたので、後で里のみんなに問題がなかったか、聞いてみなければなりませんね。
私は生まれて初めてのポワポワした気持ちになりながら、森の祭司様との会話を楽しんでおりますと、ちょっと聞き捨てならない言葉が耳に入ってきました。
「私は王国に住んでいる時間が長くなってしまったためなのか、王国の価値観にかなり染まっているようです」
なるほど。王国では、島や森の一族の顔は、とても珍重されて美しがられるという話を聞いたことがあります。
だから、私の顔も美しいと言ってくださるのでしょう。それはとても嬉しいのです。嬉しいのですが……。
と、いうことはですよ?
王国にずっと住んでおられるという森の祭司様も、王国では美しい顔をしていると思われているはずです。
なんということでしょう!
で、あれば、このお方にも恋人がおられるかもしれません。
まだ、恋人であればいいでしょう。その時は、奪い取ってしまえばいいのですから。
ですが、もう既に、奥様がおられる可能性も……。
そのように考えてしまうと、私はとても不安に駆られてしまいまして、森の祭司様に問いかけていました。
王国ではモテるのですか? と。
そうすると、森の祭司様は微笑みを返してくだされて、こう、仰いました。
「寿命が違いすぎることをみんな理解してしまったのか、全くモテなくなりましたね」
その返答にすっかりと安心してしまいまして、詰めていた息を吐き出していました。
その後、森の祭司様は思いもよらなかったことをお聞きになられ、私がずっと願ってやまなかったことを叶えてくださいました。
「もしよろしければ、名前で呼ばせていただく許可をもらいたいのです」
ああ……。ああっ!!
そうよ。そうなのよっ!!
祭司長様なんて他人行儀に役職名で呼ばれるのではなく、ずっと名前で呼んで欲しかったのよ!!
それも、私のことを熱い視線で見つめてくださる殿方から、ただの女として名前で呼んでもらえるだなんて、今日はなんて素晴らしい日なのでしょう!
これは、この出会いを導いてくださった風の神様に、後で感謝の祈りを捧げなくてはなりませんね。
私は顔が綻んでいくことを強く自覚しながらも、それを止めることもできず、さらに聞いてみました。
森の祭司様をお名前でお呼びしてもよろしいですか? と。
そうすると、森の祭司様は、笑顔になって快く了承してくださいました。
「ええ、もちろんです、クリスさん。私の名前はヒデオといいます」
ああっ!! もう何度、感嘆してしまっているのでしょうか?
今日は人生最良の日です。
これは、後で全ての神々に感謝の祈りを捧げなくてはなりませんね。
ただの女と男として、名前で呼び合えるお相手と巡り合えるだなんて、思ってもいませんでした。
これは、なんとしてでも、ヒデオ様の妻の座を射止めなくてはなりません。
そして、これから死ぬまで、ずっと名前で呼んでもらうのです。
ええ、ええ。
私は万難を排して妻になりますとも。
たとえ世界一の美女が立ちはだかったとしても、このヒデオ様とのご縁を、絶対に死守して見せます!!