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先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~

第100話 クリスさんとの出会い

 それからしばらくが経過し、私は王国の南西部にあるエルベという小さな漁村ぎょそんへと到着していた。

 その近辺きんぺんに住んでいる漁師りょうしの一人にお金を払って頼んでみた結果、こころよく小舟を出してくれて、そのまま島アルクの里へと進んだ。

「こんな辺鄙へんぴな場所にある村じゃあ、現金収入は貴重きちょうなのでいつでも歓迎かんげいしますぜ」

 漁師りょうしらしい日に焼けたりの深い顔のその男性は、その間の雑談ざつだんとしてこのように言って私を歓迎かんげいしてくれていた。

 やがて目的の島にたどり着くと、私はその漁師りょうしさんにお礼を言って手をりながら分かれた。

 さて、どちらに進むべきかとなやみながら海岸かいがん線沿せんぞいを歩いていると、そこで投網とあみりょうをしていた島アルク族の男性に、とてもおどろいた顔をして話しかけられた。

「あなた様は、もしかして森の祭司長様ですか?」

 私の特徴的とくちょうてきな耳を見ながら質問してきたその男性に対し、私は軽く頭をりながら正解をげる。

「いえ。私の里の祭司長様は別の女性になります。私は祭司と呼ばれていますね」

「なんと! 森の同胞どうほうの里には、先祖返り様がお二人もおられるのですか。それは、うらやましい限りですね」

「ただ、私の里でも、先祖返りが同時に二人いる時代はかなりめずらしいようですが」

 私がそのように返答すると、その男性はある提案ていあんをしてくれた。

「ぜひとも、我々の里にしばらく滞在たいざいしていただけませんか?」

 そのように言われたため、許可していただけるのであれば、こちらからお願いしますと返答した。

 そうすると、とてもいい笑顔になったその男性は、まずは祭司長様に紹介しょうかいしますねと言い、彼の案内あんないで島アルクの里へと向かい始めた。

 やがて到着とうちゃくした島アルクの里は、小屋こやの作りなど、私の里と同一な部分も多かったのだが、ところどころで魚の干物ひものを作っている様子ようす見受みうけられた。

 この里では私の里と違い、食料を保存しておくという習慣しゅうかんがあるらしい。もしかすると、私の里よりも食料の入手が少し不安定になっているのかもしれない。

 里の中を歩いていくと、私を見かけた里の住人たちが、全員、とてもおどろいた顔になってり返り、二度見していた。

 私を案内あんないして歩いている彼が、少し笑い顔になりながらその一人一人に丁寧ていねいに説明を加えてくれる。

「これからこのお方を祭司長様に紹介しょうかいしてくるので、里のみんなに連絡れんらくして、中央の広場に集まるように」

 そのように何度もり返している彼に案内されていくと、やがて里の中央部の少し開けた場所に到着とうちゃくした。このあたりの里の作りは私の里と同一のようだ。

 その奥の部分にっている、他よりは少しだけ立派りっぱな作りの小屋こやの前へと進んだ。

「祭司長様、ロクスです。とてもめずらしいお客人きゃくじんをおれしました」

 その後、小屋こやから出てきた先祖返りの女性は、きぬのような細くかがや金髪きんぱつに青いひとみで、けるような白いはだをしたとても美しい人だった。

(おお、これぞ正にエルフ、といった感じの女性ですね)

 私が心ここにあらずといった様子ようすで思わず見とれていると、ロクスさんからの紹介しょうかいが始まっていた。

「祭司長様、こちらは森の同胞どうほうの祭司様です。しばらく我々の里に滞在たいざいしていただけるようですので、私は里のみんなに、うたげの準備をするように伝えてまいります」

 ロクスさんはそう言うと、そそくさといった様子ようすでこの場を立ち去った。

 私にはそちらを気にする余裕よゆうがなかったのだが、かなり後になって聞いた話によると、この時のロクスさんは、とても微笑ほほえましいものを見ている顔をしていたのだとか。

 おそらく、彼なりの気遣きづかいによって、島の祭司長と二人きりになれるようにしてくれていたのだろう。

 私はおどろいた表情のまま固まっていて、まじまじと見つめていると、島の祭司長は左のほおに手を当ててうつむき、顔を赤くしながらモジモジとじらうようにして語りけてきた。

「あの……、私の顔に何かついていますでしょうか?」

 そこでやっとわれに返り、私も同じように視線しせんを下に向けて自己じこ紹介しょうかいを始める。これを見ていた島の里のみんなによると、この時の私は顔を真っ赤にしていたそうだ。

「これはすいません、島の祭司長様。あまりの美しさに、思わず見とれてしまっていました。私は森の祭司です。しばらくご厄介やっかいになろうと思っておりますので、どうかよろしくお願いいたします」

 私が謝罪しゃざいじりになりながらもそのように挨拶あいさつすると、島の祭司長は両頬りょうほおに手をえ、うつむき加減のまま顔をさらに真っ赤にしながら語った。

「まあ……。森の祭司様はお上手じょうずですね。私はこんなにも白いはだで、髪の色もひとみの色もありふれたものですのに」

 そんな彼女の返答に、私は思わず力をめて説明を始めていた。

「人の美醜びしゅうの判断は、地域によってもことなるものなのですよ?」

 私がそう言うと、島の祭司長は顔を上げ、少しおどろいた表情になりながら確認を取る。

「そうなのですか?」

 私は大きくうなずきを返し、あなたは美しいという意味になってしまうような内容を、考えなしに力説りきせつしていた。

「ええ。失礼しつれいかもしれませんが、私の里でも、私や島の祭司長様のような顔はありふれたものではあります。ですが、私は王国に住んでいる時間が長くなってしまったためなのか、王国の価値観かちかんにかなりまっているようです」

 そんな私の説明に対し、島の祭司長はなぜか少しだけ不安げな表情になってたずねてきた。

「では、森の祭司様も、王国ではモテるのでしょうか?」

 私はそれに微笑ほほえみを返しながら否定ひていをする。

「まだ若かったころには、そのような時期もあったような気もします。ですが、最近では、寿命じゅみょうちがいすぎることをみんな理解してしまったのか、全くモテなくなりましたね」

 私がそう言うと、島の祭司長は少し息をき出し、安心したような表情を見せている。

 私はこのタイミングで、とある質問をしてみることにした。

「ところで、島の祭司長様。あなたには、自分でつけた名前があるのですか?」

 突然とつぜんの話題変更におどろいたのか、彼女は目をぱちくりとさせてから返答をする。

「それはございますが、なぜ、そのようなことをお聞きに?」

「祭司長様とお呼びしますと、私の里の祭司長様と混同こんどうしそうだからです。ですので、もしよろしければ、名前で呼ばせていただく許可をもらいたいのです」

 私が微笑ほほえみながらそのように説明すると、彼女は今日一番のかがやくような笑顔えがおげた。

「そのようなうれしい提案ていあんをされたのは、生まれて初めてです。私の名前はクリスともうします。そして、私も、森の祭司様をお名前でおびしてもよろしいですか?」

 私も笑顔えがおになって大きくうなずきを返し、名前を告げる。

「ええ、もちろんです、クリスさん。私の名前はヒデオといいます」

「では、ヒデオ様。これから、末永すえながく、よろしくお願いします」

 思わず目を細めてしまうほどの美しすぎる笑顔のまま、クリスさんはなぜか、「末永すえながく」の部分をかなり強調して挨拶あいさつを終えた。