先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第99話 バカンス
大衆浴場の開業から二か月ほどが経過した元日。
例年と同様に一族全員で食堂に集合していて、豪華な昼食を楽しんでいた。
その時、領主であり一族の長でもあるエストが、隣に座る私にある意外な提案を始めた。
「おじい様、長期休暇を取得して、バカンスとしゃれこむ気はありませんか?」
私は、突然何を言っているのだろうと思ってしまい、少し首を傾げながら応じる。
「長期休暇ですか? でしたら、毎年里帰りさせてもらっていますので、特に新しくは必要ないですよ?」
そんな私の様子に対し、エストは軽く首を振って否定し、バカンスの内容を語り始めた。
「いえ……。そういうことではなくてですね。おじい様の郷土愛は良く理解していますが、たまには、どこか他の場所に観光旅行をしてみてはいかがですか?」
「観光旅行ですか?」
「ええ。おじい様は少し、働きすぎだと思うのですよ……」
そのようなエストの発言に対し、ネリアが大きく頷きを繰り返しながらそれを肯定する。
「わたくしもそう思いますわ。工房長のお仕事に領主業務のお手伝い、高等学校の先生。控えめに申し上げましても働きすぎですよ」
さらに次は、メイも頷きながら働きすぎだと主張する。
「それに加えて、最近では、大衆浴場の建設を主導したり、お風呂専門の工房を作ったりもしていますわ」
家族たちはみんな頷いてくれている。
(指折り数えてみれば、確かに少し働きすぎだったかもしれませんね)
私もその主張に納得したので、エストの提案を素直に受け取ることにする。
「分かりました。ただ、二週間後にはネリアの結婚式もありますし、工房長や校長の仕事の引継ぎも必要になってきます。ですから、行先などはこれからゆっくりと決めていきますね」
私がそのように応じると、エストは一つだけ注文を加えてきた。
「ええ。それで構いません。ですが、できれば、これまでに行ったことのない珍しい場所にしてもらいたいですね」
「それはなぜですか?」
エストはクスリと笑ってから、その答えを教えてくれる。
「もちろん、おじい様の土産話を楽しみにしているからですよ?」
食堂に、家族全員の優しい笑いが巻き起こった。
それから、二週間後にネリアの結婚式を無事に済ませ、それからさらに二か月ほどをかけて工房長や校長の仕事の引継ぎも行った。
ヒデオ工房では、自他ともに認める一番弟子になっていたワントを副工房長に任命していて、工房の運営のほとんどを任せることになった。
私はそのまま工房長の席も譲ってしまって、技術開発顧問としてのみ運営にかかわろうとしていたのだが、ワント本人を含む弟子たちの猛反発にあってしまい、断念せざるを得なかった。
「お願いします、初代様! どうか、我々を見捨てないでください!!」
必死な顔をしてそのようにお願いされてしまっては、無理に工房長を引退するわけにもいかなかったのだ。
だが、高等学校の校長先生の席は後進に譲ることができた。元々、私の校長就任時にこれは一時的な措置であると説明していたため、特に反対されることもなかった。
ただ、特別臨時講師という名誉職は、辞退することができなかった。
「これからも年に一度ほどは、特別授業をお願いしますね」
そのように、にこやかな笑顔を浮かべた先生たちに押し切られてしまったからだ。
そうやって、いろいろと仕事の引継ぎ作業を行った後に、自室でゆっくりと観光旅行の行先を考えていた。
「これまでに行ったことのない場所、というのが、ちょっと難しいですね……」
愛用の本棚から王国の地図を引っ張り出してきて、各地の町の名前を眺めながら考えを巡らせていた。
元々旅がしてみたかった私は、傭兵時代に商人の護衛依頼を積極的に受けていた。そのため、たいていの場所には行ったことがあったのだ。
「珍しい場所となると、やはり、南側ですかね。こことは少し風土が違いますし……」
そのように呟きながら南側の地図を見ていると、ある一つの島に目が留まった。
「そうだ。何も王国に限らなくてもいいじゃないですか」
そうやって決まった観光先を報告するため、私はエストの執務室を訪ねた。
「島アルクの里の島ですか?」
エストは、少し意外なその場所に驚いていたが、すぐに納得してくれたようだ。
「結局、アルク族の里に行ってしまうなんて、おじい様らしいですね。でも、そこが一番心安らぐ場所なのだろうとも理解できます。それに、確かに珍しい場所でもありますね。どんな生活をしているのかなんて、誰にも聞いたことがありませんから」
そして、ウンウンと頷いてから許可を出してくれる。
「アルク族のみなさんはとても穏やかで心優しいので、危険もないでしょう。ですから、もちろん許可します。土産話を待っていますので、のんびりと長期休暇を楽しんできてくださいね」
そうやって諸々の準備を整えた私は、二月が終わりを迎える頃、王国南西部にある島に向けて出発したのだった。
そこに運命的な出会いが待っているとは、露ほども知らずに。