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先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~

第96話 百歳の誕生日

 それから二年ほどの時が過ぎ去り、今日は新年をむかえたばかりの元日がんじつだ。

 三日間ほど領主業務がお休みになっているガイン一家は、メイの家族も含めて食堂に全員集合していて、いつもより手のんだ豪華ごうか昼食ちゅうしょくを楽しんでいた。

 そんなおり、私は思っていたことがふと口をついて出ていた。

「とうとう、大台おおだいに乗ってしまいましたか……」

 小さくつぶやいたひとごとのつもりだったのだが、それをとなりのエストが聞きつけたようで、私に質問を投げかける。

「何か領地運営で悪い数字でも出たのですか?」

 私はそれに軽く頭をって否定し、ひとごとの内容を説明する。

「いえ。私の年齢ねんれいがついに大台おおだいに乗った、という話ですよ」

 その会話をネリアも聞きつけたようで、おどろいた顔になりながら私に質問をする。

曾祖父そうそふ様。それは、もしや……」

 私は大きくうなずきながら肯定こうていする。

「ええ……。とうとう、百歳になってしまいました」

 ここでシゲルも同じようなおどろいた顔になり、会話に加わる。

「え? ひいおじい様は、元日がんじつ誕生たんじょうなのですか?」

「正確な誕生たんじょうは分からないのです。里にはこよみがありませんので」

 私のその返答にシゲルは少し混乱こんらんしてしまったようで、首をかしげながら質問を続ける。

「では、なぜ元日がんじつなのです?」

「私の里では、誕生たんじょうした季節きせつが来たら一つ年を取るという風習ふうしゅうなのですよ。私は春生まれで、王国のこよみでは一月から春になるので、便宜上べんぎじょう元日がんじつ誕生たんじょうにしているのです」

 そんな私たちの会話をだまって聞いていたエストは、とてもいい笑顔えがおになり、私の誕生たんじょう日会びかい開催かいさいを決定してしまう。

「それは素晴すばらしいですね。ここはぜひとも、おじい様の誕生たんじょう日会びかいを開かないといけませんね」

 私はその発言に少しだけ顔をしかめてしまい、開催かいさいを止めようとする。

「この年で、いまさら誕生たんじょう日会びかいもないでしょう?」

 しかし、ここでメイも会話に加わり、開催かいさいしてしまう。

「おじい様の里ではめずらしくないのかもしれませんが、王国で百歳になれる人はまずいませんから、ここは盛大せいだいにおいわいすべきです」

 エストもそれに乗っかり、兄妹のコンビで強力に開催かいさいし始める。

「ええ、ええ。まずは、おじい様の工房のお弟子でしさんたちと高等学校の先生たち、この人たちはおいわいにかせませんよね。ぜひとも彼らを招待しょうたいして、盛大せいだいにおいわいしましょう」

 誕生たんじょう日会びかい開催かいさいを止めるどころか、どんどんと規模が大きくなっていく話に私は危機感ききかんつのらせ、少し顔を引きつらせながら、なんとかして思いとどまらせようとしてみる。

「メイも言っていましたが、私の里では、百歳ぐらいであればまだ中年ですよ?」

 しかし、ここでシゲルも参戦し、規模をさらに大きくしようとする発言をしてしまう。

「いえいえ。ひいおじい様はこの領地とたみの宝ですから、もっと盛大せいだいにおいわいしてもいいぐらいだと、私は思いますよ?」

 私の顔がどんどんと引きつっていく中、ここでネリアが会話に加わり、さらにおいわいの規模を拡大する結果につながっていく。

「その通りですわ。それと、わたくしからも、皆様にご報告ほうこくしたいことがございます」

 そのように前置きしてからエストを見た後、ネリアはとある人物の紹介しょうかいを始めた。

「皆様にわたくしの恋人を、ぜひとも紹介しょうかいさせていただきたいと思っております」

 恋人という言葉を聞いた家族たちは、全員、おどろいた顔になる。

 ネリアはとてもモテると聞いていたのだが、これまで浮いた話が一つもなかったので、そろそろ心配をし始めていたためだ。

 そんな家族たちの様子ようすを見たネリアは、いたずらが成功したような表情になり、フフッと軽く笑ってから続きを語る。

「では、少々お待ちください。お連れしてまいります」

 そのようにことわりを入れてから奥に下がり、やがて連れてきた男性は、全員が良く知っている人物だった。

「おそらく皆様は良くご存じだと思いますので、彼からの自己じこ紹介しょうかいはぶかせていただきます。お父様、わたくしは、こちらのレオン様と結婚したいと思っております。婚約こんやくの許可をいただきたく存じます」

 このレオンさんは、最近になって高級こうきゅう官僚かんりょうとして出世した人物である。

 帳簿ちょうぼ検算けんざん作業さぎょうという、とても地味じみな仕事をしていたのだが、毎日ひたすら真面目まじめ黙々もくもくと仕事を続けている姿を領主のエストが見かけてめたところ、彼の仕事ぶりが再評価されるようになり、めきめきと頭角とうかくあらわしていった人物だ。

 そのため、同じ高級こうきゅう官僚かんりょうであるゴランさんの同僚どうりょうとなり、メイの家族を含めて全員と面識めんしきがある。

 彼はその仕事ぶりと同じく、性格もとても真面目まじめで、ネリア同様どうよう、今まで浮いた話の一つとしてない堅物かたぶつとして広く知られていた。

 そんな二人が、ひそかにお付き合いしていたと聞かされたのである。私も含めて、全員がおどろいていた。

 父親であるエストはすぐに笑顔えがおになり、ネリアに返答を始めた。

「そうでしたか……。とてもネリアとお似合にあいの、誠実せいじつ真面目まじめな彼であれば、あなたを幸せにしてくれるでしょう」

 そのエストの前置きを聞いたネリアは、花をかせるかのような笑顔えがおを見せた。

「では、お父様……」

 エストは大きくうなずき、婚約こんやくに同意する。

「ええ、もちろん許可します。婚約こんやくおめでとう」

 ここまで、会釈えしゃくをしただけでずっとだまっていたレオンさんが、初めて口を開いた。

「ありがとうございます、領主様。必ずネリア様を幸せにしてみせると、ここにちかいます」

 ネリアもそんな彼を見てとてもうれしそうにしているのだが、その発言に少し苦情くじょうを入れ始めた。

「レオン様、私たちはこれから夫婦となるのです。ですから、ぜひ、ネリアと呼び捨てにしてくださいませ」

「しかし、ネリア様……」

「ネリア様ではありませんよ? ネリアです。わたくしのことを愛していただけるのでしたら、どうかお願いいたします」

 そんなネリアの少し意地悪いじわるも入っていそうな注文に、生真面目きまじめなレオンさんは少し戸惑とまどいを見せながらも、決意をめた様子ようすでこう語った。

「分かりました、ネリア。でも、それであるならば、あなたも私のことを呼び捨てにしてください」

 それを聞いたネリアは、レオンさんの目を見ながら、ほとんどノータイムでこう言い切った。

いやです」

「「「え?」」」

 ネリアのその意外過ぎる即答そくとうに、思わず家族全員でハモってしまう。

 そんな家族たちの様子ようすを見まわしていたネリアは、またいたずらが成功したような表情を見せ、こう説明した。

「レオン様のことは、結婚した後に『あなた』とお呼びしたいのです。ですので、それまではどうか我慢がまんしてくださいませ」

 その発言を聞いて、家族も胸をなでおろす。

 いつも丁寧ていねい口調くちょうのネリアであれば、自分の夫を、ずっと様付けで呼びかねないと心配していたからだ。

 このようにして、私の誕生たんじょうとネリアの婚約こんやくとの合同おいわい会の開催かいさいが、いつの間にか決定されてしまっていた。

 レオンさんの同僚どうりょうである官僚かんりょうたちもおいわいに参加することになり、その日は領主業務をお休みすることになった。

 それから、嬉々ききとして合同おいわい会の開催かいさい準備じゅんびを押し進めていたエストであったが、私にとっては、少しこまった問題も発生していた。

 ぜひとも自分もおいわいをしたいという、領民たちからの陳情ちんじょうがエストに上がり続けていたのだ。

 そのため、エストはその日を領地全体の祝日しゅくじつにしてしまい、領主の予算でタダ酒をふるまうことも決定してしまう。

(なんだか、私のつぶやきから大事おおごとになってしまいましたね……)

 私はそんな感想をいだきながら、合同おいわい会の日を待つことになっていた。