先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第19話 魔術師と魔導師
やがて村長宅に到着すると、見た目の年齢からくる印象とは異なり、背筋が伸びてやたらと姿勢のいい老人が挨拶してくれた。
「おかえりなさい、アレンさん、アルスさん。そして、珍しいお客人、初めまして。ようこそシユス村へ。私が村長のケルトです」
アレンさん親子は顔見知りのようで、気安い雰囲気で挨拶を返す。
「ただいま。また世話になるぜ」
「またお世話になります、ケルトさん」
私も失礼にならないように、すかさず続けて挨拶をする。
「どうもご丁寧にありがとうございます。私が森の隠れ里のヒデオです。よろしくお願いします」
名前がちょっと気恥ずかしいが、ここは開き直る事にする。
村長のケルトさんの招きに従って中に入れてもらうと、広めの間取りに丸テーブルと椅子がいくつか用意されていた。日本の箪笥によく似た家具もあった。
里の文明レベルからこの世界の技術力をなめていたが、思っていた以上に木工加工の技術があるようだ。
椅子に座らずに家具をまじまじと眺めていると、村長さんが語り掛けてきた。
「何か珍しいものでもあったでしょうか?」
「すいません。森の田舎者には全てが珍しくて。失礼かもしれませんが、ここはかなりの辺境だと聞いていたので、家具の加工技術の高さに驚いています」
私が素直にそう賞賛を送ると、ケルトさんは真相を語ってくれる。
「この村には、腕のいい木工職人が住んでおりますからな。いつも大工仕事を手伝ってくれるのですが、本職は細工物になります。この村の密かな自慢なのですよ? さあ、立ち話も何ですから、座ってください」
勧められるままに椅子に腰かけ、後ろを見てみると、既に入り口も窓も人でいっぱいになっていた。
「ここは里から近いと思うのですが、アルク族はそんなに珍しいのでしょうか?」
ケルトさんは、ふふっ、と微笑んでから、現状の説明をしてくれる。
「町のアルク族であれば、そこまで珍しいものではありません。ですが、森の隠れ里から来たアルク族というのは、見たという話を聞いた事がありませんので。ですから、みんなあなたのお話に興味津々なのですよ?」
続けて、ケルトさんは、この村に伝わっている里の話もしてくれた。
森の中にある里に住む一族は全員が強力な魔導師な上に、弓もかなりの腕前で、敵対すれば遠距離から一方的に攻撃され続ける事になるため、正面から戦えば国すら亡ぶと言い伝えられているのだとか。
そのため、里の方向の森は一種の聖域とされていて、立ち入り禁止になっているのだそうだ。
ただ、里の一族が温厚であることも伝わっているらしく、余計な干渉さえしなければ安全だと考えられているのだとか。
以前、アレンさんに聞いた話だと、先祖返りが半ば伝説の種族になっていた。だが、少なくともこの村では、里のもの全員が伝説になっているようだ。
(アレンさんをヒム族代表みたいに考えていましたけど、なんだか、認識にズレがあるような気がしてきました……)
恐れられそうな伝説を聞いてしまった私は、頭を軽く振って、話題を変えてしまう事にする。
「私は魔法の研究が趣味なのですが、ヒム族の扱う魔法にとても興味があります。どのような魔法があるのか、教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「あなたに教えるほどの魔法は使えないと思いますよ? この村では、火種と流水の魔法が使えるものが幾人かいるだけです」
火種の魔法と聞いて、私は思わずケルトさんに向かってぐっと身を乗り出してしまう。
「里には火魔法が伝わっていないのです。できれば、火種の魔法を教えていただけませんか? お礼と言っては何ですが、私も何か、魔法をお教えしますので」
「とても意外ですが、かまいませんよ。私の孫がどちらも使えますので、ちょっと呼んできますね」
ケルトさんはそう言うと、椅子から立ち上がって奥の方へと歩いて行った。
しばらくすると、前世で言えば高校生ぐらいに見える女の子を連れてきてくれた。その子は、ケルトさんから事情を聴いていたのだろう。こちらを見ると、すぐに本題を切り出した。
「魔法式を書きましょうか?」
私は早く火魔法を見せてもらいたかったので、次のようにお願いした。
「まずは、使って見せてもらえませんか?」
そうすると、お孫さんは快く引き受けてくれた。
「ではいきます」
そう宣言して目を瞑ると、いきなり魔法式を読み上げ始めた。
トリガーとなる『火種』を唱えると、指先にライターの火ぐらいの火種が出る。
(ちょっとびっくりしましたけど、私が覚えやすいように、魔法式の内容を教えてくれたのでしょうね)
この程度の長さであれば、一度聞けば覚えられる。素早く頭の中で魔法式を構築してトリガーを唱え、火種を出す。
初めての火魔法。かなり感動する。
やはり、アルク族の種族特性で火魔法が使えないのではなく、ただ単に伝わっていないだけだった。
(いわゆる属性魔法のような縛りは、どう考えてもないですからね)
ちょっと嬉しくなってきたので、調子にのって三回ぐらい火種を出していると、お孫さんが少し怒ったような顔になっていて、こう指摘された。
「やっぱり、『火種』の魔法使えたんじゃないですか。しかも無詠唱だなんて、伝説の通りなんですね」
私はその指摘の意味が良く分からず、思わずキョトンとしてしまい、他の人からみると見当違いな説明をしてしまう。
「え? 魔法式をわざわざ読み上げてくださったので、使えるようになったのですが。これぐらいの長さであれば、一度聞けば覚えられますよ?」
私のそのトンチンカンな返答に、アルスさんが見かねたのだろう、補足を加えてくれる。
「祭司様、じゃなくて、ヒデオさんでしたか。あなたの里では当たり前かもしれませんが、外だと、無詠唱魔法の使い手はかなり珍しいのですよ?」
アルスさんは、ヒデオさん、のところで若干笑い顔になりながら、説明してくれた。
それから、アレンさんと共にいろいろと教えてくれた内容によると、ヒム族では、魔法式を詠唱するのが普通なのだそうだ。無詠唱の使い手がいないわけではないが、かなり希少な存在になるらしい。
魔法が使えると魔術師と呼ばれるが、無詠唱の使い手は魔導師と呼ばれ、それだけでかなり尊敬を集めるのだとか。
ちなみに、これはずっと後の時代になって判明する事実になるのだが、学習によって魔法式の理解度を高めると、無詠唱魔法が使えるようになる。
しかし、この時代だとまだその事実は発見されておらず、また、私も思いつかなかったため、無詠唱は生まれ持った才能による能力であると、ずっと勘違いが続いてしまうのだった。
お孫さんは、そんな私たちのやりとりをじっと眺めていたが、話が一段落したタイミングで、このようにお願いしてきた。
「無詠唱のやり方を、ぜひとも教えてもらえませんか?」
別に隠しておかないといけないような内容でもないため、里に伝わる方法をそのまま教えた。
スラスラと魔法式が詠唱できているのだから、暗記については問題ないだろう。
「後は、内容を深く理解して、頭の中で組み立てるだけですよ?」
この、内容を深く理解するという点が、どうにも分かってもらえないようだ。
「魔法文を単体として見るのではなくて、一連の流れとして考える感じでやってみてください」
このような説明を加えてみたのだが、やはり、理解してはもらえなかった。
ふと周囲を見渡してみると、入り口や窓は見物人で溢れかえってしまっていて、ひそひそと会話をしている。とても居心地が悪い。
お孫さんはしばらく無詠唱魔法の練習をしていたが、どうやら自分には無理だと諦めてしまったようだ。
そこで、私は話題を変えるためにも、次のように提案してみた。
「お約束した通り、私も何か魔法をお教えしますよ。そうですね……。『流水』の魔法を見せていただけますか? それを見て、どのような魔法が適しているのか考えてみます」
この提案がお孫さんにとってはよほど嬉しいものだったようで、満面の笑顔になり、すぐに家の奥へと小走りになって向かっていった。
あっという間に手に木のコップを持って戻ってくると、それに向かって流水の魔法式の詠唱を始める。そのまま魔法名を唱えると、チョロチョロと水が出てきた。
(水の勢いが、いくらなんでも弱すぎます。これって、魔力制御の訓練をした事がないのでは?)
あまりにもひどすぎる魔力制御力を見て、それでも使えそうな魔法を検討してみる。
(この制御力だと射程がかなり短くなってしまうでしょうから、攻撃系の魔法は全部アウトですね。一番簡単な強風の魔法であっても、長々と詠唱するようでは時間稼ぎにもならないでしょう)
顎に手を当て、少し俯いて考えをまとめていく。
(防御系の魔法であれば、風盾の魔法が一般的です。ですが、この制御力を前提にしますと、かなり風が弱くなってしまうでしょう。ならば、二番目に簡単な魔法として習得する、土壁の魔法でしょうか?)
ちなみに、風盾の魔法というのは、展開しておくと攻撃に対して自動反撃するようになり、攻撃を吹き飛ばしてしまう魔法だ。いろいろと実験してみた結果、ある程度以上の運動エネルギーに反応しているらしく、ゆっくりとであれば反撃は起こらない。
この制御力で土壁の魔法を発動したらどうなるのか、頭の中でシミュレーションしてみる。
(土壁の魔法であれば、前方の土を物理的に持ち上げますので、魔法が終わっても壁が残ります。あの制御力ならかなり薄い壁しかできないでしょうが、何回か重ね掛けすれば、いけるかもしれません)
土壁の魔法を教える方針を決定する。
(重ね掛けさえしてもらえたら、村の防壁替わりの柵の補強ぐらいにはなるでしょう。村を一周させるほどの防壁にしようと思ったら、何日かかるのか、計算したくはないですけれども)
顔を上げ、その方針をお孫さんに伝える。
「『土壁』の魔法をお教えします」
その言葉を聞くや否や、お孫さんはすっ飛んでいくような勢いで部屋を後にし、若干息を切らせながら両手に木札と羽ペンとインクを携えて戻ってきた。
私はそれらを受け取り、ガリガリと魔法式を書き上げる。
次は実践とばかりに外に出ようとしたら、入り口に鈴なりになっている村人たちが目に入った。
村長のケルトさんが出てきてくれて、道を作ってくれたので、かなり気合を入れて手を抜き、土壁の魔法を実演する。
私の胸の高さもないような、かなり頼りない壁ができた。
お孫さんにやってもらうと、私の作った壁の三分の一の厚さもないような、ペラペラな壁が出来上がった。それでも、本人は大喜びだからよしとする。
かなり不憫になってきたので、魔力制御の基礎訓練も併せて教えてみた。
「これを毎日やれば少しずつ魔力が増えていきますし、だんだんと分厚い壁が作れるようになりますよ?」
「そんな簡単な方法で魔法が上達するなんて、知りませんでした!!」
ものすごく感謝されてしまった。
一番初めに祭司長にやってもらった、両手を繋いで魔力を流してもらい、その魔力を感じとる訓練は、時間さえかければヒム族も全員できるらしい。
「それができるのなら魔力制御の訓練もできますし、みんな魔術師になれますよね?」
「いえいえ。そもそも魔法文字の発音ができない人が、ほとんどですよ?」
それから認識のギャップを埋めようと、しばらく会話を続けた。私もかなりこの世界の常識に染まったと考えていたが、里の中と外で常識が違いすぎる。
ちなみに、夕食で出された野菜スープはおいしかったです。約束したのにお話できそうにないミルちゃん、本当にごめんなさい。
この日は里の様子などを村長さん一家と話し込んでしまい、就寝したのは、かなり夜が更けた後だった。