先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第18話 名前
里を出た私たち三人はそれから夕方まで森の中の獣道を歩き、やっと近隣のシユス村に到着した。
そこには簡易的な柵に囲われた畑が広がっており、その奥に長閑な村の風景が広がっていた。今世で初めて見る畑の景色に、ちょっとテンションが上がってくる。
(里の食事もうまいですけど、この世界の栽培された野菜ってどんな味でしょうか?)
ちらほらと見える農作業中の村人たちの中には、なんだか農民にしてはやけに鍛えているように見える人たちが、ちょいちょい見える。
(あれが、話に聞いていた自由民の自警団の人たちなのですかね?)
何も好き好んでこんな僻地に村を作らなくてもと思うかもしれないが、何らかの理由で国から逃れ、自由民となる人たちが毎年一定数いるそうだ。
借金が返せなくてとか、あるいは、犯罪者が投獄されるのを恐れてとか。そのため、自由民の人たちへの過去の詮索は、マナー違反になるそうだ。
この世界では、魔物を定期的に間引かなければならない。そのため、少人数の村では魔物の襲撃から自衛できなくなる。
そのような理由から近隣の村々が離合集散を繰り返し、常にある程度の規模を維持していくのだそうだ。その弊害として、廃村になってしまう地域も少なくないのだとか。
アレンさんに事前に聞いていた、そんな知識を思い出しながら村へと近づいていくと、外で遊んでいた子供に驚いた顔で話しかけられる。
「こんにちは、おにーちゃん。もしかしなくても、隠れ里の人?」
ファーストコンタクトは成功だ。不審がられたり、避けられたりしなくて良かったと胸をなでおろす。
私は言葉遣いを崩し、できるだけフレンドリーになるように気を付けながら会話に応じる。
「こんにちは。うん、そーだよ」
「私はミルってゆーの。おにーちゃんの名前は?」
名前と言われて固まってしまう。
(ヤッベ。私には名前がないのでした)
成人したら考えようとずっと思っていたはずなのに、いろいろあって、いつの間にかすっかり忘れてしまっていた。
後になって考えてみれば、適当に祭司と名乗るなり、正直にこれから名前を決めるとか言えば良かったのに、あせってぐるぐると空転を続ける頭で、とっさに答えてしまった。
「僕の名前はヒデオだよ」
言った瞬間に、強烈に後悔した。
(いくらなんでも、ヒデオはないでしょうに)
漢字で英雄。高速フォークボールで有名な、元メジャーリーガーでも思い出したのだろうか?
「なんだか不思議な感じのする名前だね。隠れ里っぽくて、いい名前だと思うよ?」
「ありがとう。ミルちゃんの名前も、とってもかわいい響きだね」
心の中で、ないわー、超ないわー、と繰り返していた名前だが、意外とこの世界ではウケがいいのかもしれない。
ちなみに、隣で荷車を引いているアルスさんは、私が今とっさに名付けたのに気付いたようで、少しニヤリとしている。
「村長さんの家に泊まるんでしょう? 隠れ里の事、お話してくれない?」
「うん、そうだよ。お話は喜んで」
私がそう言うと、笑顔になったミルちゃんは、次のように言ってから走り出した。
「みんなに知らせてくるね!」
こういう村には宿屋がない。というか、そもそも店にあたるようなものがない。そこで、旅人は広めの邸宅がある村長が泊めてくれるらしい。
のんびり歩いていると、農作業中の牛が見えてきた。まあ、この世界の動物なので、前世の牛とは若干違うのかもしれないが、見た目はそのままの牛である。
考えてみれば、人間にしか見えないヒム族がいるぐらいなので、探せば前世と同じような動植物がいろいろとあってもおかしくないのだろう。
早速、いくつかアレンさんに質問してみた。小さな子供の頃からずっと質問していたので、アレンさんも手慣れた様子で教えてくれた。
その話からすると、だいたいの馬や牛は農耕用で、年を取ったらつぶして食べる事もあるが、食肉用に飼育しているわけではないらしい。
王国には畜産業もあるが、基本的には貴族向けなのだとか。魔物肉が安く手に入るので、牛肉は結構な高級品になるらしい。
「お貴族様は、魔物肉食わないからな」
アレンさんに言われて驚いた。なんでも魔物肉は、下賤な平民の食材という認識らしい。
「魔物肉、うまいのに。もったいないですよね?」
アレンさんとアルスさんの親子も同意している。
そろそろ夕食の支度が始まっているのだろう。村の民家からは、煙が上がっているところが多い。
そんな村の家々は、木造平屋建てではあるが、里の掘立小屋と比べると、かなりしっかりとした住宅だった。
内装も見てみたいと思ったが、そこは自重した。
(村長宅で見せてもらえばいいだけです)
途中、私を見かけた人たちがみんな驚いた顔をしている。子供の一人が私を指さして、母親らしき人に何か聞いている。
恐れられている感じがしないのには胸をなでおろしたが、どうも、珍獣扱いされているようで落ち着かない。
(歩いてわずか一日の距離の住人が、そんなに珍しいのでしょうか?)