先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第17話 旅立ち
少し前に私の成人の儀式がつつがなく終わり、今は出発の日を待っている。
前回のアレンさんの訪問時に、私は以下のようにお願いしていた。
「次はこの里を出ますので、王国までの同行をお願いします」
この里には、干し肉等の保存食がない。年間を通して温暖なこの里では、森の恵みがいつでも手に入る。そのため、必要以上に食料を確保して保存しておくという意識がないためだ。
自由国境地帯を突っ切る街道の近くには森があり、狩りや採取をすれば食料は手に入るらしい。だが、食料を調達しながら移動するのでは時間がかかりすぎるため、ある程度の携帯食料が必要になるそうだ。
私には前世を含めて野営の経験がないため、私の自作の魔石を二つ前金として渡していて、そのあたりの準備をお任せしている。
それからしばらくたって、予定通りにアレンさんがやって来た。
アレンさんは四十代半ばになっていて、そろそろ倅に後を継がせるからと、ここ数年で顔なじみになった、息子さんのアルスさんと一緒に来ていた。
少しぶっきらぼうな話し方をするアレンさんとは違い、アルスさんは丁寧な物腰の紳士だ。
そして翌日。今は市が開かれている時間だ。
最初はいつものように見学していたのだが、だんだんと何かが胸にせりあがってきた。
(この風景を眺めるのも、これで最後ですか……)
そう思ってしまうと涙が零れ落ちてしまいそうになったので、慌てて自分の小屋に戻って引きこもっている。
(今ならまだ間に合います。引き返すべきです)
そのような心の叫びを無理やり無視して、眠れぬ長い夜を過ごした。
やけに長く感じた夜だったが、それでも時は万人に平等に過ぎ去っていく。
朝食を取る気にもならず、じっとしていると、アレンさんが呼びに来てくれた。
「そろそろ出発だぞー。行くにしろ、行かないにしろ、覚悟は決まったか?」
(ああ、ついにこの時が来てしまいましたか。もう答えは、とっくに決めています)
身の回りの品を入れた袋の肩紐を担ぎ、最近はすっかりとご無沙汰だった弓を手に持ち、ゆっくりと歩き出す。
姿を現した私を見たアレンさんは、まるで励ますかのように、笑顔でこう言ってくれた。
「その荷物からすると、行く事に決めたんだな。絶好の旅立ち日和じゃねぇか。そんなに死にそうなツラすんなよ」
私の心情を慮ってくれたのだろう。努めて明るい雰囲気で接してくれるアレンさんに感謝しながら、二人で連れ立って荷車まで歩いた。
そこには、里のみんなが勢ぞろいしていた。見送りに来てくれたようだ。
みんな泣いているが、誰一人、止めるような言葉はかけてこない。
(ああ、この里のみんなは、これだから)
あったかすぎて、決意が鈍ってしまいそうだ。
そんなみんなを代表しているのだろう、祭司長が一歩前に出て、優しい顔と声で語り始めた。
「今じゃから言うが、外のものたちから見ると、わしらの魔力は強大じゃ。そして、先祖返りはさらに強大な力を持つ。しかし、おぬしは、わしから見てももっと強大じゃ。おそらく、外のものたちから見ると、もはやバケモノじゃろうな。いくら好きな事とは申せ、鍛えすぎじゃ、この愚かもの」
少し微笑みながらそう語る祭司長を見ながら、私は決意を固め、黙って聞く。
(この言葉を、生涯忘れません)
涙を気合で我慢しようと考えていたが、意味はなかった。
すぐに目から熱い雫が零れ落ち、次から次へと溢れ出す。
「強大すぎる力を持つものは、おそらく恐怖の対象になる。もしかすると、排斥され、殺されるやもしれん。いくらおぬしが強いと言うても、四方八方から数で押されれば、負けるじゃろう?」
そしてそのまま、祭司長は外で暮らしていく上での、大切な心構えを教えてくれる。
「外で暮らしたかったら、可能な限り力を隠せ。できるだけ無害な存在である事を示せ。よいな?」
今までで一番優しい、よいな? に、さらに涙が溢れてきて、黙って頷く。今は声が出ないので、それしかできない。
それを見た祭司長は、とても優しい微笑みを浮かべながら、こう言ってくれた。
「おうおう、幼子のように。しかし、そこまで里を思ってくれておるのなら、こうしたらどうじゃ? どうせ、行先を決めておらぬ旅じゃろう? 五年に一度ほどで良い。里に帰って、外の土産話をしておくれ」
(そうか。そうですよね)
私は何を勘違いしていたのだろうか。これが今生の別れではない。決してない。
(寂しくなったら、無理せず、里帰りすればいいだけじゃないですか)
ようやく涙が止まった私は、袖口でゴシゴシとそれを拭きとり、できる限りの笑顔で出発の挨拶をする。
この挨拶だけは、笑顔で行いたい。だから、涙の跡は必要ない。
「祭司長様、みなさん。今まで長い間、本当にお世話になりました!」
深く腰を折り、そして外の世界へ向けて出発する。
何度も振り返り、手を振りながら移動する。
(そうです。もう前だけを見つめるのはやめです。私はいつでも、後ろを振り返ってもいいのです。この大切な故郷には、いつでも逃げて帰ってこられるのですから)
さあ、冒険の始まりだ。