先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第16話 祭司長の横顔
少し前に祭司が成人した。
祭司長としてわしはその儀式を執り行ったが、いろいろな思いが溢れてしまいそうになってしもうて、涙が零れそうになるのをこらえるのが大変じゃったわ。
この里では、成人したら自分の小屋を持つようになる。
祭司には、わしの小屋のすぐ側に新しい小屋が作られて与えらておる。
里のみなで協力して作ったのじゃが、あやつは、少し複雑そうな顔をしておったな。
すぐにこの里を出ていく自分には必要ないと言いたかったのかもしれぬが、あやつはそれを口に出して良いのかどうか迷っておったのじゃろうて。
里のみなも心は同じじゃて。例えすぐにこの里を出て行ってしまうとしても、あの子にとっての故郷はここなのじゃ。その事を分かってもらえるのであれば、短い間しか使わぬとしても、あの子の家がここにある事が重要なのじゃ。
あの子が成人するまで、この手で育てられたのは、正に僥倖じゃったな。
むろん、あの子を育てたのは、里のみなでもある。じゃが、わしにとっては、最初で最後になるであろう子育てじゃった。
いろいろあったが、無事に成人してくれた事には、とても感謝しておる。
じゃが、この小屋でまた一人になってしもうて、少し広く感じてしまう部屋を眺めておると、思わず独り言が零れてしもうた。
「あの子は間違いなく、この里を出ていくのじゃろうな……」
思い返してみれば、あの子は、小さい頃から外の世界に憧れておった。
しつこいぐらいに行商人の元へと頻繁に出向き、それはそれは楽しそうに外の世界の話を聞いておった。
じゃが、それを抜きにしても……、な。
「あの子にとって、この里は小さすぎるのじゃ」
あの子には、神々が与えたもうた、天上の世界の知恵がある。
その知恵を活かすためには、この里じゃと、どう考えても小さすぎるのじゃ。
神々があの子に何を期待しておられるのかは、矮小な人でしかないわしらには思いもよらぬ。
じゃが、これだけは分かる。分かってしまうのじゃ。
あの子は、この小さな里に縛り付けておいて良いような存在ではない。もっと広い世界で、もっと多くのものたちのために、神々の世界の知恵を分け与えてやらねばならぬ。
里のみなもそれが分かっておるから、外に出ていこうとしておるあの子を、誰も引き止めはせぬのじゃ。
「しかし……、じゃな」
わしは自分の心と向き合う。
本音で言えば、行くな、ずっとこの里でわしと一緒に暮らしておくれ、と言いたい。言い放ってしまいたい。
そして、いつか遠い未来で、わしがこの世を去る事になった時には、やはり、最愛の息子に看取って欲しい。
じゃが、この事は、決して口に出してはならぬのじゃ。
それをしてしまえば、優しいあの子の事じゃ、この地に残されてしまうわしらの事が心配になってしもうて、この里に留まってしまうのじゃろうて。
それでは、せっかくあの子に与えてくださった、神々の恩恵が無駄になってしまう。
実際、あの子はあれほど外の世界へ憧れておったはずなのに、いまさらになって悩んでおる。
あれは、あの子なりに、わしらの事を心配してくれておるゆえの、優しい葛藤なのじゃろうな。
じゃが、明日になればあの子は決断し、旅立つじゃろう。
なぜなら、それが神々の御心だからじゃ。あの子もそれを良く分かっておるはずじゃからな。
「よし!」
わしは自らの頬を両手で叩き、気合を入れなおす。
明日は何としてでも、笑顔で送りださねばならぬ。
あの子が後ろ髪を引かれてしまう事がないように。
今夜は長い夜になりそうじゃて。
じゃが、今夜ぐらいは良かろう。あの子と暮らした楽しかった日々を、ずっと思い出しておってもな。