先祖返りの町作り
第156話 デンチ
都市ガスの一般利用が始まった頃。
ガイン自由都市はなおも拡大を続けていた。
そのため平民達の間では、
「もう王都を超える規模なのでは?」
と、ささやかれるようになり、
国一番の大都市と称えられるようになっていた。
昨年、カズシゲの妻であるミリアさんが、
64歳で天に旅立っていた。
最愛の妻を失ったカズシゲは、
それからめっきり老け込むようになってしまい、
少し前に70歳を目前にして亡くなっていた。
私はエストとの約束をきちんと守り、
今回も笑顔で送り出す事に成功した。
家族達はやはり、私のそんな様子を見て、
号泣と言って良いほどの涙を流してくれていた。
またこの頃になると、
次亜塩素酸ナトリウムの応用研究も進み、
塩酸が安定して得られるようになっていた。
そのため、水素ガスの研究が一段落した私は、
新たな研究テーマとして、
塩酸の応用を考えていた。
「やはり、『電池』を作るのが良いでしょうね。
目指すは『乾電池』ですが、
まずは基礎的なものから始めましょう」
開発目標としては、
放電が可能な電池の作成が第一段階、
充電も可能な蓄電池の作成が第二段階とした。
電池の基本的な原理は、以下のようなものである。
まず、
溶けやすさの異なる2枚の金属板を用意する。
そして、電解液と呼ばれる、
金属板を溶かすための酸を用意する。
溶けやすい方の板を負極側、
溶けにくい方を正極側に設置し、
電解液で満たす。
そうすると、負極側から金属が溶けだし、
電子を放出する酸化反応が始まる。
この時、
負極と正極を電線で繋いでおくと、
放出された電子が正極側に移動する。
その結果、
正極側で電子を受け取る還元反応が進む。
このようにして電子の流れが発生し、
その反対方向に電流が流れるのである。
金属板の溶けやすさをイオン化傾向と言い、
この差が大きいほど電圧が高くなる。
この事から、金属板を溶かす事ができれば、
電池を作成する事ができるのである。
しかし一般的には、
電解液には塩酸ではなく硫酸が使用される。
これは、揮発性と呼ばれる、
蒸発のしやすさを表した性質が影響している。
揮発性の高い塩酸を使用した場合、
電解液が減ってくると、
塩酸そのものを追加する必要がある。
しかし、揮発性の低い硫酸であれば、
蒸留水を加えるだけで良いため、
ランニングコストが抑えられるのである。
「やはり、『硫酸』も欲しいですね……」
硫酸は硫黄を酸化すれば、
化学反応式の上では作れる。
しかし、一般的な酸化反応では、
二酸化硫黄や亜硫酸までは作れるはずだが、
硫酸を作るためには、
そこからさらに酸化反応を進める必要がある。
この反応が難しく、
なんらかの触媒が必要だったはずだが、
残念ながら記憶していない。
ちなみに私は覚えていなかった事だが、
この触媒には、
酸化バナジウムという鉱物が利用される。
この事から、
硫酸の作成には長期的な基礎研究が必要と判断し、
キョウジュの一人に丸投げする予定である。
「新たな研究テーマも決まった事ですし、
張り切って研究を始めますか。
……いつまでも気落ちしては、
いられませんからね」
こうして私は、
カズシゲを失った悲しみを振り払うべく、
新たな研究に没頭していくのであった。