先祖返りの町作り
第96話 モヤモヤ
ここ数日、クリスさんと一緒の時間が増えた。
私もそこまで朴念仁ではないので、
彼女が私に好意を寄せている事は、
気付いていた。
里の皆にも、彼女の恋心はバレバレの様子で、
むしろ応援しているようだ。
「食材の調達等は、我々でやりますので、
祭司長様は、
森の祭司様をおもてなししてください」
そう言って、できる限り二人きりになるように、
仕向けられていた。
私は100歳を超えてはいるが、
肉体的、精神的には若い男性であるため、
クリスさんのような美女に思いを寄せられれば、
とてもうれしいものだ。
(クリスさんであれば、同じ先祖返りです。
寿命については、考えなくても良いので、
お付き合いしてみましょうか)
そう思っているが、
なぜか胸がモヤモヤしてしまう。
(女性から告白させるのも失礼でしょうから、
私からお付き合いを申し込むのが、
良いはずなのですが……)
お付き合いを申し出ようとすると、
どうしても胸に引っかかりができてしまい、
なぜかできない。
(この胸のモヤモヤは、いったい、
何なのでしょうか?)
そう考え、心の中でだけ首を傾げながら、
クリスさんとの会話を楽しんでいた。
私はこの時はまだ、
そのモヤモヤの正体に、気付いていなかった。
「もう里のだいたいの場所は、
回ってしまいましたね。
ヒデオ様、
今日はどのように過ごしましょうか?」
毎食クリスさんに食事に誘われるので、
今では自分から、
彼女の小屋に通うようになっていた。
その食事の席で、クリスさんは、
とてもうれしそうに今日の予定を尋ねる。
「そうですね。
今日は、ここでおしゃべりをして、
過ごしましょうか」
「それは、楽しそうですね。
私、ヒデオ様と、
ずっとおしゃべりしていたいです」
クリスさんは、輝くような笑顔を向けてきた。
私はそれが、少しまぶしくて、
目を細めて微笑みながら、
今日の話題について語る。
「私の里については、
今までの会話にちょくちょく出ましたので、
今日は、私の領地についてお話しましょう」
「ヒデオ様は、王国の貴族なのですか?」
私は頷いて、その経緯を語る。
「私は王国で、
傭兵をしていた時期があるのですが、
そこで少し武勲を立ててしまいまして、
ガイン村という小さな村を、
領地としてもらったのです」
「では、ヒデオ様は領主様なのですね」
「今はもう領主ではありませんよ」
「では、領地はどうなったのです?」
「とっくに息子に領主を譲り、
今は孫が」
そこまで言うと、クリスさんは目を見開き、
会話を遮って、私を問いただす。
「ちょ、ちょっと待ってください!
今、何とおっしゃいました?」
「ですから、とっくに息子に領主を」
再び私の話を遮って、
クリスさんがヘナヘナと、突然崩れ落ちる。
「そ、そんな……。
ヒデオ様には、
既に奥様がおられたのですね……」
その言葉で、
彼女が何を勘違いしているのか悟った私は、
安心させるべく、すぐに言葉を続ける。
「クリスさん。誤解です。
私に妻はいませんし、
血を分けた子供もいません」
「で、でも、今息子がいると、
確かにおっしゃいましたよね?」
「実子ではありません。養子ですよ」
「そうなのですか?」
やっと少し落ち着いて、
顔色も良くなったクリスさんが、
説明を求めた。
「私の寿命では、
半永久的に領主をしなければならないと、
気付いたので、親友の夫婦に頼んで、
養子になってもらったのです」
「では、今、思いを通わせている女性は……」
「いませんよ」
私がきっぱりと否定すると、
クリスさんはいきなり立ち上がり、
握りこぶしを作って宣言した。
「では、私がヒデオ様の妻になる事も、
できますね!」
ふんすーと、鼻息も荒く宣言した彼女は、
今自分が何を口走ったかを、
しばらくして理解したようで、
「あ! い、今のはですね、あの、その」
と言って、
真っ赤になってワタワタしているクリスさんが、
とてもかわいらしく見えて、
私は思わず笑ってしまった。
「もう! 笑うだなんて、ひどいですわ!」
そっぽを向いてしまったクリスさんを、
私は宥める。
「すいません。
クリスさんが、あまりにもかわいかったもので」
私がそう言うと、クリスさんは、
そっぽを向いたまま、
頭から湯気がでそうなほど顔を真っ赤にして、
つぶやいた。
「か、かわいい……。私、かわいい……」
そう繰り返しながら、
にへらーっとだらしなく笑った顔で、
彼女はしばらく、夢の世界の住人になっていた。
よだれが垂れているのは、言わぬが花だろう。
その様子を、私は微笑みながら眺めていた。
かなり時間をかけた後に、
現実世界に帰還した彼女と、
ガイン村が今は町になっている様子等を、
ずっと語り明かして、その日は過ぎていった。