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先祖返りの町作り

第85話 永遠の初恋

エルクの葬儀が終わってから、
1年ほどがたった頃。

愛する夫を失ったルースは、
最近、急激に老け込んでいた。

体も弱っていき、寝込む日が増えた。

そんなある日。

今日は調子の良いルースと、
私とエストの3人で、
ベランダでお茶を楽しんでいた。

そんな中、ルースは昔話を始める。

「ヒデオ。
 私があなたに求婚した日の事、
 覚えてる?」

「ええ、もちろん。
 私の長い長い寿命を使ったとしても、
 一生忘れる事ができないでしょうね」

そして、私は少し微笑んで、感想を語る。

「しかし、あなたとエルクは、
 やはり夫婦ですね。
 エルクとも以前、
 同じような話をしました」

「それはどんな内容だったの?」

「エルクと二人きりで話した、
 内緒話なので、
 私が墓まで持って行きますよ?」

私がそう言うと、ルースはこう言った。

「それは残念。
 じゃあ、あの世に行った時に、
 エルクから聞く事にするわ」

それを聞いたエストが、
少しつらそうな顔で語る。

「お母様には、
 まだまだ元気でいてもらわないと、
 私が困ってしまいます。

 ですから、そのような事は、
 言わないようにしてください」

ルースは、まるで諭すように語る。

「でもね、エスト。
 この国でのヒム族の寿命から考えたら、
 私もそろそろ寿命のはずよ?

 でもそうね。
 もう少しだけ、がんばってみるわ。

 だから、そんな顔しないで」

エストは、少し安心したような顔になり、
質問する。

「おじい様とお父様とお母様が、
 若い頃から親友だったのは、
 聞いていましたが、
 そんな三角関係があったのですね。

 でも、お父様と結婚したという事は、
 おじい様はお母様を、
 愛してはいなかったのですか?」

ルースはクスクスと笑いながら、
在りし日の真相を語る。

「そんな事はないわ。
 ヒデオは絶対に、
 私にぞっこんだったはずよ。

 とても分かりやすくて、
 かわいらしかったのよ?」

エストは、興味津々な様子で、
続けて質問する。

「そうだったのですか? おじい様」

「ええ。
 私はルースを、心から愛していました。

 しかし、ルース。
 私はそんなにも、
 分かりやすかったですか?」

「もちろんよ。
 だって、ヒデオ。

 私があなたに微笑みかけると、
 それだけで、あなたは頬を染めて、
 視線をそらすのですもの。

 その仕草が、本当にかわいらしくて、
 何度抱きしめようと思った事か」

エストはとても意外そうな顔をして、
さらに続けて私に質問する。

「それでは、相思相愛じゃないですか。
 なぜ、おじい様は、
 お母様と結婚されなかったのです?」

「私は年を取る事ができないのが、
 主な理由ですね」

「主な理由ですか?
 では、他にも理由があるのですか?」

「ええ。
 知っての通り、私は先祖返りです。

 里に伝わる言い伝えでは、
 先祖返りは、ほとんど子供ができません。
 できたとしても、先祖返りは生まれません。

 そのため、子供の方が、
 寿命の関係で、はるかに早く亡くなります。

 私はそれが、嫌だったのです」

ルースも補足してくれる。

「今なら良く分かるわ。

 男性のヒデオが年を取らないのに、
 女性の私だけが年老いていくのが、
 これほど残酷な事だとは、
 あの時は分かっていなかったもの。

 ヒデオの言う事が正しかったのね。
 それに……」

続けて、ルースが語る。

「幸運に恵まれて、
 自分の血を分けた子供ができてしまったら、
 その子を先に見送る事だけは、
 とても耐えられそうにないと言った、
 ヒデオの言葉も、今なら良く理解できるわ。

 だって、
 血の繋がらないはずの孫達でさえ、
 あなたは、とても愛してるものね。

 これでは、いつか、
 エストやメイが旅立った時が、
 心配になるぐらいよ?」

エストも同意する。

「確かにそうですね。
 私は、おじい様が年を取らないのが、
 とてもうらやましかったのですが、
 良い事ばかりでもないのですね」

エストは続けて、
あの日の出来事の昔話をねだる。

「お母様、おじい様。
 お母様が求婚した時のエピソードを、
 もっと聞かせてくれませんか?」

ルースは微笑みながら、それに応える。

「ヒデオは、私にぞっこんなのに、
 いつまでたっても求婚してくれないから、
 私、待ちきれなくなって、
 自分からヒデオに求婚したの。

 私、あの時は、自信満々だったのよ?
 ヒデオは分かってた?」

「いえ。
 残念ながら、全く分かりませんでした」

「だから、
 ヒデオに結婚できないと言われた時は、
 悲しいと言うよりは、
 信じられないって気持ちで、
 いっぱいだったわ。

 何で私の気持ちに応えてくれないのって、
 思ってしまったら、
 涙が止まらなくなったの」

ルースは続けて、
あの時の真相を語ってくれる。

「でもね。
 私の幸せそうな顔さえ見せてくれれば、
 自分は満足だって繰り返すヒデオを見てね、
 少しだけ、納得したの。

 だって、あんなに優しい口調なのに、
 今にも泣きそうな顔で、
 説得するのですもの」

「それは、エルクにも指摘されたのですが、
 そんなに、
 つらそうな顔をしていましたか?」

「ええ。
 とてもとても、つらそうだったわよ?」

そんな会話を楽しんでから、2か月後。
ルースはさらに弱っていき、
静かに息を引き取った。

その時の最期の言葉は、

「ヒデオ。
 私と出会ってくれて、ありがとう。
 そして、ずっと親友でいてくれて、
 本当にありがとう」

だった。

この瞬間、私の初恋は永遠のものとなった。