SOLID STATE ANGEL
第74話 エピローグ
俺が意識を取り戻すと、全てが終わった後だった。
どうやら俺は、セシルから顎先に鋭いパンチをもらって、意識を刈り取られていたらしい。
俺は呆然としながら、セシィの膝枕で横たえられていた状態のまま、炎上を続ける帝都と、それを歓喜の声で見つめ続ける戦友達の様子を眺めていた。
しばらくすると、俺が意識を取り戻したことにセシィが気づいたようだ。俺に膝を貸したままの体勢で、優しく語り掛け始めた。
「最期にセシルがさ。これだけは見逃してくれって言って、そっとジェフと口づけを交わしたんだよ。そして、満面の笑みを浮かべたんだ。あのセシルがだよ?」
セシィも俺の見ている方向、マクシモのあったあたりの場所に視線を向けた。そして、さらに続きを語る。
「これまでに見たことのないような、とても素敵な笑顔だったよ。いつの間にか、あんな表情もできるようになっていたんだね」
俺は自分の唇に触れる。しかし、もうどこにも、その感触は残っていなかった。
人は悲しすぎると、涙も枯れるらしい。ものすごく悲しいはずなのに、涙が一向に出てくれない。
そして俺はゆっくりと立ち上がり、おもむろにセシィを高く抱き上げた。
「なっ……。いきなりなんだよ!」
顔を真っ赤にして照れるセシィに優しく微笑みかけながら、俺はそっと愛しい人を地上へと下す。
「なぁ。セシィ。これからは人の時代だよな?」
「ああ。新人類を名乗っていた人工知能の時代は終わったんだ。これからは人の時代さ」
俺はそれに頷きを返し、これからのことについて話を進める。
「だったらさ。セシィ。いっぱい子孫を残さないとな。セシルの望んだとおりに」
「ああ……。ああ」
「そしてさ。アイツの望んだように、最低でも五人ぐらいは子供を作ってだな。子供たちに囲まれながら語り聞かせるんだ」
そして俺は、少しうつむき加減で、近い将来のことについて語る。
「お父さんとお母さんの仲を取り持ってくれた、最高の仲間の思い出を。だれよりも人らしい、セシルの話を」
そして、俺は再びマクシモのあったあたりに視線を移す。
「その頭脳は金属プレートでできた固体状態で、体はちょっと機械仕掛けだったけれども、その心はだれよりも人らしかった、セシルの話を語り聞かせるんだ」
そこまで語ると、ようやく枯れたと思っていた涙が、次から次へととめどなく流れ始めた。
膝から崩れ落ちた俺の頭を、セシィはそっと抱きしめ、落ち着くまでずっとそのままでいてくれた。
これから五千年間、ゆっくりとではあるが確実に人類文明は衰退を続けていく。
どこに敵対的な人工知能のコピーが紛れているかが不明だったため、ある程度以上の記憶容量のある計算機を全て廃棄処分にし、人工知能の研究を厳しく規制した結果だが、致し方ないだろう。
この衰退する文明を再建するためには、ある一人の天才上位アルクの登場まで待たなくてはならなくなる。
しかし、神を名乗る人類の上位存在はいなくなった。
俺達は自由だ。何物にも支配されない。
そしてその自由さえあれば、いつか必ず人類文明は再建されるだろう。俺達はそれまで、力強く命をつないでいけばいい。
最期になって、ようやく本当の意味での人の強さの理由を理解し、それを実践して見せたセシルに守られた俺達人類だ。
彼女の見出した強ささえ残っていれば、どのような逆境からでも復活できる。
そう、セシルに教えてもらったのだから。
─── 完 ───