SOLID STATE ANGEL
第59話 ナンパ
連携訓練に励んでいたある日の朝食時。
俺達の大隊はまとまって食事をとるため、あらかじめ人数分の座席を仲間が確保する。この時、セシルは食事をしないので、ポツンと一人で座っていることが多い。
そして俺達が食事のトレーを受け取るために並んでいるタイミングで、別の部隊所属の男性がセシルに声をかけ始めた。
「なあ。そろそろあんな浮気者の男には見切りをつけて、俺と付き合わないか?」
セシルはほぼ無表情で、首だけを傾げている。他人には分かりづらいだろうが、俺とセシィには分かる。あれはキョトンとしている表情だ。何を言っているんだって感じなのだろう。そのままの様子でセシルが返答した。
「私にそのつもりはありません」
「なんでだよ?」
食い下がる男。セシルはそのまま表情を変化させずに返答する。
「私に子供を産む機能はありませんので、そこをセシィにお願いして協力してもらっているのです。ですので、ジェフからあなたに乗り換えるメリットがありません」
男は若干鼻白んだ様子だったが、なおも食い下がる。
「子供を産めない体だって、そんなの言い訳にもならないだろう? そんなくだらない理由で二股かけているような野郎なんざ、ロクでもないやつ確定だぞ? さっさと捨てて、こっちにこいよ」
そのセリフを聞いたセシルは、また若干表情を変化させる。
あ、あれは不機嫌な顔だ。
しかし、ナンパをするならせめて俺の見ていないところでやってほしい。まあ、それも含めて俺への当てこすりなんだろうが。
少し不機嫌になったセシルは、そのまま話を打ち切ろうとする。
「さっきから、あなたは同じ話しかしていませんね。私の答えは変わりませんので、お引き取りください」
「なに?」
「それにです。あなたとの会話は、ジェフと違い、私の不快指数が跳ね上がっていきます。あなたとの会話にジェフのような魅力を感じませんので、そろそろ黙ってくれませんか?」
まるで相手にされていないその様子に、男はプライドを傷つけられたようで、顔を赤く染めながら叫んだ。
「下手に出ていればつけあがりやがって!」
そろそろマズいか。そう思っていると、俺より先にセシィが動いた。
「ちょっと、やめなよ。ナンパに失敗したからって、すぐに怒鳴り散らすような野郎が、ジェフにかなうわけがないだろ? それにだ」
ここでいったん言葉を切ったセシィは、さらに男のプライドを傷つける。
「セシルを振り向かせたいんなら、ジェフをこき下ろして自分を上に見せるんじゃなくてだ。自分を磨いてジェフよりイイ男になってから出直して来な」
そうすると、男はフルフルと震えだし、さらに怒鳴り散らし始めた。
「てめぇ!!」
その大声をきっかけにして俺達の部隊の全員がスッと動き、そいつを即座に取り囲む。
「なっ……」
一瞬で大勢に囲まれた男は、見る見るうちに青ざめ始めた。そんな彼に、セシィが啖呵を切る。
「死神殺しの部隊は結束力が強いんだよ。人類最強の看板はステゴロでも有効だって、証明してやろうか?」
そのセシィの恫喝に、一目散に逃げだした男。俺はセシィとセシルに謝罪する。
「スマン。もっと早く助けに入ればよかったんだろうが……」
そう言うと、セシィが俺の心のうちを鋭く指摘する。
「どうせ、二股になっていることに遠慮していて、動くのが遅れたんだろう? この際だから言っておくとだ」
セシィは俺の目をまっすぐに見つめ、俺の態度をとがめる。
「あたいもセシルも、最初から納得の上で今の関係になっているんだ。だから、外野がどう言おうと、ジェフが負い目に感じる必要はかけらもない。分かったな?」
その真剣な様子に俺は黙って頷きを返し、以後はなるべく気にしないようにすることを約束した。その時、セシィが小さくつぶやいた。
「それに、どうせなら、『俺の女に手を出すな』ぐらい言ってほしいぜ……」
そのつぶやきを拾った俺は、次にこういう場面があれば遠慮なくそのセリフを使わせてもらおうと、そっと心に誓った。