先祖返りの町作り(再調整版)
第190話 とらんじすた
それから、また季節が一巡した頃。
55歳になっていたイサミは引退を決意し、ヨシツネへと領主の座を譲った。ここでも一族の伝統に則り、初代の私の目の前で引継ぎが行われた。
八代目領主となったヨシツネは、
「大おじい様の理想とする都市が、どこまでのものか私には理解しきれていません。しかし、それでも、私の代でなるべく実現させたいと思います」
と、とても嬉しい抱負を語ってくれていた。
そしてこの頃、私を狂喜乱舞させる研究成果がついに発表された。
ゲルマニウムを用いた、ダイオードが開発されたのである。実に、60年以上の歳月をかけた基礎研究が、ついに実を結んだのだ。
ちなみに、半導体を作るにためは、純度の高いゲルマニウムやシリコンの結晶をいったん作る必要がある。
しかし、実はそれだけではあまり意味がない。
この結晶に、わざとアルミニウムやリン等の不純物を少量混ぜ込む。この時混ぜるものによって、p型やn型と呼ばれる半導体が作成できるのだ。
そして、これらを組み合わせる事で、ダイオード等の基礎的な電子部品が作成できるのである。
「しかし、名誉学長。そこまで喜ばれるほどの成果だとは、とても思えないのです。私達には、どうにもこれの使い道が分からないのです」
と、開発者のキョウジュは語っていた。
もともとダイオードは、交流の発電所を作った時のためにと、開発していたものだった。
電流を一方向にしか流さないこのダイオードを、直流電流で使う所が分からないと言われた。
「『ダイオード』だけならそうかもしれません。しかし、この『半導体』の技術があれば、比較的簡単に『トランジスタ』が作れるのです。
そして『トランジスタ』があれば、安価なデンキ式のデンタクが作れます」
トランジスタさえあれば、比較的容易に加算器や減算器、フリップフロップと呼ばれる記憶素子が作れる。
私の専門はソフトウェアだと思われるため、ハードウェアについては、ごく基本的な内容しか記憶していない。しかし、これら3つの回路図については、その基本的な内容に含まれているらしく、私の記憶に存在していた。
そして、この3つの回路を組み合わせれば、本物の電卓が作れるはずだ。
掛け算とは足し算の繰り返しの事であるし、割り算とは引き算の繰り返しだ。
つまり、四則演算のそろった電卓が作成可能である。
地球の歴史では、真空管や、リレーと呼ばれる物理的なスイッチを利用した計算機を順に作っていた。真空管式やリレー式の計算機は、かなり大きなものになる。
しかし、トランジスタがあれば、それらを一気に飛ばして、机の上に乗るサイズのものが作れるのである。
また、トランジスタがあれば、電流を見かけ上増幅させる事もできる。これはアンプに使えるため、スピーカーやマイクも作れるようになるだろう。
「さあ。次の夢が広がる研究を、早速開始しましょう!」
私は研究者達に発破をかけ、新たな夢に向かって邁進を続けるのであった。