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先祖返りの町作り(再調整版)

第155話 スイソこんろ

 それから年を3つ跨いだ頃。

 ケンビキョウの普及により効果的な薬が開発され始めたため、この都市の平均寿命も少しずつ延びてきている。外科治療時のアルコール消毒の徹底等、衛生観念の普及も効果的だったのだろう。

 そのおかげで、カズシゲは64歳になっていたが、まだまだ元気で頑張ってくれている。

 またこの頃になると、浄水施設の基礎研究がほぼ完了していた。

 よって研究を一段階進め、ある程度長期に渡る健康調査と、浄水場建設のための研究にシフトしていた。

 そのため、キョウジュの一人に研究を引き継ぎ、私はまた別の研究を開始する事にした。

 ちなみに、健康調査のための被験者には私も名乗りを上げており、毎日摂取している。今のところ、私も含めて誰にも問題は発生していない。

 新しい研究を開始するにあたって参考にしたのは、各研究室の進捗の報告会であった。そこで完全に行き詰っていた水素ガスの利用方法の研究を、私も行う事にしたのである。

 次亜塩素酸ナトリウムの製造過程で発生する水素ガスの研究は、かなり初期から行っていた。

 目指したのは、飛行船への応用である。

 空を飛べるようになるかもしれないと私から聞かされていたため、かなり張り切って研究していてくれたそうだ。

 ただ水素ガスは、非常に発火性の強い気体である。そのため、静電気等によるごくわずかな火花で簡単に炎上してしまい、とてもではないが、人を乗せる規模のものは作れそうにないという結論に達してしまっていた。

 そこで私は、水素ガスの新たな応用について、ダイガクの自分の研究室で一人、考えをまとめていた。

 水素が含まれる化学反応式をいくつか思い浮かべていた時、高校で習ったハーバー・ボッシュ法に思い至った。

 この手法はアンモニアの大量生産に非常に適している。そしてアンモニアは、化学肥料の主原料である。

 つまり、食糧の増産が簡単になる。

 実際、この方法が地球で開発された頃は、食糧の増産が人口増加に追い付いておらず、このままでは食糧危機が訪れるとして、克服する方法を模索していた時代である。

「ただ、ハーバー・ボッシュ法では、なんらかの『触媒』が必要だったはずです。しかし、それが何だったか、ちょっと記憶していないんですよね……」

 覚えていないものは仕方がないので、長期研究課題として、基礎研究を誰かに任せる方向で決定する。

「バケガク反応以外でスイソを利用した例って、ヒコウセン以外に何かありましたっけ……?」

 ちなみにバケガクというのは、化学の事だ。化学部をダイガクに立ち上げる時、私が命名した。

 物理については物理魔法から分かる通り、平民達の間でも該当する単語が知られていた。しかし、化学にあたる単語は知られていなかったため、バケガクと命名したのである。

 カガクにしなかったのは、私が科学と混同しないためだ。

 なお、バケガクの研究者はバケガク学者になる。こう書くと、なんだかガクが多いように感じるかもしれないが、これは翻訳の関係でそうなっているだけなので、大陸共通語で聞けば問題ない。

 閑話休題。

 私は水素の利用方法について、もう少し考えを進めてみた。

「確か『メタン』ガスや『プロパン』ガスの利用が広がる前は、『水素』ガスが都市ガスとして利用されていた時期があったはずです」

 これなら燃やすだけなので、比較的簡単に利用できそうだ。ただ、水素ガスは燃焼効率が良過ぎるため、不用意に火を点けると爆発する危険性がある。

 そのため前世では、不燃性のガスである一酸化炭素を混ぜていたはずだ。

 しかし、そのために一酸化炭素中毒の事故が絶えず、だんだんとメタンガス等に置き換わっていったという歴史的背景がある。

「とりあえず、『水素』の濃度を下げて実験してみますか」

 こうして、水素の安全な燃焼方式の研究が始まった。

 そして、水素ガスを利用した、本物のガスコンロの開発も進めた。ただ、魔道具のコンロを私が既にがすこんろと命名していたため、そのままでは混乱すると指摘されていた。

 しばらく名前で悩んだが、結局、『スイソこんろ』と命名した。

 研究開始から5年が経過する頃には、都市ガスの配管工事と、スイソこんろの一般販売が始まっていた。

 がすこんろよりはるかに安価な調理器具として、スイソこんろは人気を博し、住民からの陳情が多く寄せられたため、ガス管の工事を前倒しで行わなくてはならなくなったほどである。

 そのため、がすこんろの販売不信を懸念するものもいたが、これについては杞憂に終わっていた。

 魔石をたまに交換するだけで良いがすこんろは、高級モデルとして人気を保っていたためである。

 また、ガイン自由都市以外ではスイソこんろが利用できなかった事も、理由として大きかったようだ。