先祖返りの町作り(再調整版)
第92話 バカンス
大衆浴場の開業から2か月ほど経過した、元日。
例年同様、食堂に一族全員で集合し、食事を楽しんでいた。
その時、領主のエストが、ある意外な提案を始める。
「おじい様。長期休暇を取得して、バカンスとしゃれこむ気はありませんか?」
「長期休暇ですか? でしたら、里帰りしているので、特に新しくは必要ないですよ?」
私がそう応えると、エストは首を横に振って否定し、バカンスの内容を語り始めた。
「いえ。そういう事ではなくてですね。おじい様の郷土愛は良く理解していますが、たまには、どこか他の場所に観光旅行をしてみてはいかがです?」
「観光旅行ですか?」
「ええ。私は、おじい様は少し、働き過ぎだと思うのですよ」
そうすると、次はネリアがそれを肯定する。
「わたくしもそう思いますわ。工房長のお仕事に、領主業務のお手伝い、高等学校の校長先生。控えめに申し上げても、働き過ぎでございます」
さらに次は、メイも働き過ぎだと主張する。
「それに加えて、最近では、大衆浴場の建設を主導したり、お風呂専門の工房を作ったりもしていますわ」
家族達は、皆頷いている。
(指折り数えてみれば、確かに働き過ぎかもしれませんね)
私もその主張に納得し、エストの提案を素直に受け取る事にする。
「分かりました。ただ、2週間後にはネリアの結婚式もありますし、工房長や校長の仕事の引継ぎも必要になります。なので、行き先等はゆっくりと決めますね」
私がそう応えると、エストは一つだけ注文を付ける。
「ええ。それで構いません。でも、できれば、これまでに行った事のない、珍しい場所にしていただけませんか?」
「それは、なぜですか?」
エストがクスリと笑ってから、答えを教えてくれる。
「もちろん、おじい様の土産話を楽しみにしているからですよ」
食堂に、優しい笑いが起こる。
それから2週間後にネリアの結婚式を無事に済ませ、それからさらに2か月ほどかけて、工房長や校長の仕事の引き継ぎも行った。
ヒデオ工房では、自他共に認める一番弟子になっていたワントを副工房長に任命し、工房の運営のほとんどを任せた。
私は、そのまま工房長の席も譲り、技術開発顧問としてだけ残ろうとしたのだが、弟子達の猛反発に会い、断念した。
「お願いします、初代様! どうか、我々を見捨てないでください!!」
のような事を言われてしまっては、無理に工房長を引退する訳にもいかなかったのだ。
だが、高等学校の校長先生の席は、後進に譲る事ができた。元々、私の校長就任時に、これは一時的な措置であると説明していたため、特に反対はされなかった。
ただ、特別臨時講師という名誉職は、辞退できなかった。
「これからも年に一度ほどは、特別授業をお願いしますね」
と、先生達に口々に頼まれたからだ。
そうやって仕事の引継ぎを行った後に、観光旅行の行き先を考えていた。
「これまでに行った事のない場所、というのが、ちょっと難しいですね」
自室の本棚から王国の地図を取り出し、各地の町の名前等を確認していた。
傭兵時代に、商人の護衛依頼を積極的に受けていたため、たいていの場所には行った事があったのだ。
「珍しい場所となると、やはり、南側ですかね。少しこことは風土が違いますし……」
そうつぶやきながら南側の地図を見ていると、一つの島に目が留まった。
「そうだ。何も王国に限らなくてもいいじゃないですか」
そうやって決定した観光先を報告するため、私はエストの執務室を訪ねた。
「島アルクの里の島ですか?」
エストは、少し意外なその場所に驚いていたが、すぐに納得した様子で、バカンスの許可を出す。
「それは、確かに珍しいですね。おじい様であれば、たいていの場所では危険がないでしょうから、もちろん、許可します。
土産話を待っていますので、のんびりと長期休暇を楽しんで来てください」
そうやって準備を終えた私は、2月が終わる頃に、王国南西部の島へ向けて出発したのだった。