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先祖返りの町作り(再調整版)

第36話 引退

 それから時は流れ、私がちょうど50歳になった頃。親方が引退した。

 当初の予定通り私も同時に引退し、席を後進に譲った。

 親方と出会ってから20年。すっかり老けた親方は、

「お前は寿命が長くていいよな」

 と笑った。

 先祖返りの秘密に触れる会話のように聞こえるかもしれないが、全く変化のない私の外見は、ヒム族から見れば既にかなりおかしかった。

 今の所は森アルク族だから、で押し通しているが、それがまかり通るのも後十年くらいだろう。そろそろ何らかの対策を考えるべきか。

 あれから私が開発にかかわった魔道具は、「どらいやー」の魔道具だけだ。

 元々、同じような機能の熱風を出す魔道具はあった。ただ、壁に固定する大型のタイプだった。

 基本アイデアを出した後は、開発は基本的に他の人に任せた。

 ウチの工房には小型化技術があるので、比較的簡単にできた。ただ、出力等の調整のために魔法式を調整する所だけは、私が行った。

 この魔道具は、私の記憶にあるドライヤーよりもかなり重たく、使いづらそうなものではあったが、それでも、壁に固定されているものと比べれば風向きが自由になる事から人気になり、がすおーぶん以来のヒット商品になった。

 この間に工房は二回目の引っ越しをして、かなり大きくなっている。そのタイミングで私は借家生活を止め、自宅を購入した。

 独身貴族が広い家に住んでも持て余すので、収入の割には狭い家だが、我が城だ。

 私の自宅は、工房自慢の魔道具で溢れていた。

 ボタンを押せば水やお湯が出て、お風呂も完備していた。

 お風呂用の給湯の魔道具は、工房の技術力で小型化はしていたが、それでも少し狭い我が家にバスタブと同時に設置するのは簡単にはできず、間取りを変更して、無理やり詰め込んだ。

「そこまでして風呂に入りたいか」

 と周囲には言われたが、もちろん入りたい。

(元日本人をなめないでください)

 お湯を扱う魔道具が巨大になるのには理由がある。

 火を扱う魔法があるので水を加熱する事は簡単だが、瞬間湯沸かし器のようなものはなく、一定量の水を内部に確保して温めるためだ。

 また、開発するつもりはなくても、ついつい新たな家電の構想を考えてしまう。

(後はクーラーと冷蔵庫、冷やす系統ができたら欲しいですね)

 暖房については、どらいやーの魔道具から分かる通り、温風が出るものは既にあったため、そのまま利用している。

 暖炉の代わりとして使われるもので、イメージとしては、ゴツいファンヒーターだろうか。

 実は魔法で氷を作る事には成功している。

 どらいやーの魔法式等、温風を作る魔法式の解析で、コマンドセットの中から温度に関係するものが判明したからだ。

 知的好奇心で実験した結果、温度のコマンドをマイナス方向に割り振る事でできてしまったが、非常に効率が悪かった。

 実験をした事はないが、おそらくはヒム族の魔術師の魔力では、ごく少量しか作れないはずだ。

 もし魔道具にするなら、ご禁制の私の魔石が必要だろう。それでも温度を冷やす魔法は、何か応用ができそうだと考えている。

 引退した私はいったん里帰りし、一か月ほどゆっくり長期滞在してから、今の自宅に帰った。

 一か月と言ったが、この王国にも暦はあった。

 一週間が6日で、5週間で一か月。つまり、一か月がきっちり30日で、十二か月で一年。一年は360日ちょうど。

 元の世界の暦に非常に良く似ているが、一か月の長さ等から、おそらくは、太陰暦が元になっているのだろうと予測している。

 ちなみにこの暦、割と季節がずれる。一年二年なら問題ないが、十年ぐらいすると一か月ほどずれる。

 このずれは、適当な時にうるう月が増える事で調整される。適当な時というのは、王様から命令されたらうるう年。

 まるまる一か月増える事から、十年でちょうど三十日ずれると仮定すれば、一年で三日ずれる計算になり、一年は大体363日ぐらいだろうと予想している。

 しばらくは何をするでもなく、のんびりと暮らしていたが、そろそろ次の仕事を探す事にする。

 とっくに転職先は決めていた。傭兵団だ。

 訪れた最初の都市でかなり長い間腰を落ち着けたが、十分過ぎるほどお金は持っているし、いざとなれば手に職はあるので、魔道具師としていつでも金は稼げる。

(やっぱり、次は冒険がしたいですね)

 という思いを胸に、私は傭兵になった。