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先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~

第172話 許されざる蛮行

 それから、二年ほどの時が流れったころ

 電池でんちの開発は順調じゅんちょうに進んでいて、蓄電池ちくでんちまで問題なく開発できていた。

 硫酸りゅうさんの研究も思ったより進んでおり、試験管しけんかんレベルではあるのだが、それなりに安定して作成できるようになっていた。

 そのため、電解でんかいえき硫酸りゅうさん変更へんこうしての研究にシフトしている。

 研究がかなり順調じゅんちょうに進んでいたため、少し手の空いた私は、リョウマの領主りょうしゅ業務ぎょうむ手伝てつだいに時間をくようになっていた。

 そんなおり、ある官僚かんりょうきんりんの領地での気になる様子ようす報告ほうこくし始めた。

 平民たちが、ガイン自由都市のことを国一番の大都市としてたたえていることが耳に入った模様もようで、その領地の貴族は激怒げきどしたそうだ。

「たかが町にすぎないくせに、国一番の大都市とは何事かと激怒げきどしたそうです」

 それを聞いて、リョウマが感想を述べる。

「えぇ……。貴族たちはこの都市の規模きぼを見ても、まだ町だと言いっているのですか?」

 私はそれに補足ほそくくわえる。

「おそらくですが、見たこともないのでしょう。見ると否定できなくなるので、プライド的に無理なのでしょうね」

 私の指摘してきにみんながうなずいている。そして、先ほどの官僚かんりょうさんが報告ほうこくを続ける。

「その貴族の取った行動ですが、まず平民の移動を、これまで以上にきびしく制限せいげんしました」

 私はそれに対する感想かんそうべる。

「まあ、これ以上、この都市を発展はってんさせたくはないでしょうから、そこまでは予想よそう範囲内はんいないでしょうね」

 私が冷静れいせいでいられたのは、ここまでだった。

「次に、ガイン自由都市で安く販売はんばいされている各種の参考書さんこうしょなどの知識本ちしきぼんを、有害ゆうがい図書としょとして取りまり、定期的に集めて燃やしているそうです」

「なっ……」

 私はいかりのあまり、全身がワナワナとふるえだし、目の前が真っ赤にまった。

 この部屋にはかがみがないため、自分がどんな表情ひょうじょうをしているのか確認かくにんできないが、ほぼ間違まちがいなく般若はんにゃ形相ぎょうそうをしていることだろう。

「お、大おじい様? 何も、そこまでおこらなく……」

馬鹿ばかをおっしゃい!! 『焚書ふんしょ』など、人類の英知えいちに対する冒涜ぼうとくに他なりませんよ!!」

 なだめようとしたリョウマの言葉をさえぎり、私はこれまでの人生で出したことがないほどの大声で怒鳴どなっていた。

 私も森アルク族の一員であるため、普段ふだん温厚おんこうだと思う。そんな私のあまりにもな豹変ひょうへんぶりに、部屋中の人が思わずいていた。

 リョウマが、おそおそるといった様子ようすで、確認かくにんを取る。

「フ、フンショですか? それは、いったい……」

 私は焚書ふんしょがいかにおろかな行為こういであるかの説明せつめいを始める。

「その昔、政治的せいじてき批判ひはんが気に入らないからと、自分にとって必要ひつようのない学問がくもんを全てほろぼそうとした、史上しじょう最悪さいあくぼうくんの一人がいました。書物しょもつを燃やし、知識人ちしきじんを生きめにしたのです。この最悪の暴挙ぼうきょして、『焚書ふんしょ坑儒こうじゅ』と言います」

 この史上しじょう最悪さいあくぼうくんとは、しん皇帝こうていのことである。

 とある漫画まんが影響えいきょうで人気が出たようだが、この馬鹿ばかは、古代中国を統一とういつした後になってから本性ほんしょうあらわした、稀代きだい詐欺師さぎしでもある。

 リョウマが質問しつもんかさねる。

「その暴君ぼうくんは、どうなったのですか?」

「そのおろか者が生きている間は、恐怖きょうふ支配しはいで国をたもちましたが、息子むすこ代替だいがわりするとすぐに国中で反乱はんらんが多発し、あっという間に国がほろびました」

 いまだにワナワナとふるえていたので、ここで深呼吸しんこきゅうをして少し落ちくことにした。

「本を燃やしてしまうという行為こういは、知識ちしきほうむることに他なりません。そして、一度でもうしなわれてしまった知識ちしきは、取りもどすのに膨大ぼうだいな時間と労力ろうりょく必要ひつようになります」

 私はここであたりを少し見渡みわたし、具体例ぐたいれいげて焚書ふんしょおろかさを強調きょうちょうする。

「古代魔法文明の英知えいちうしなわれてしまっている、現在げんざい状況じょうきょうを考えればあきらかでしょう。お金がかせげる知識ちしきさえ残っていれば、金銀きんぎん財宝ざいほうはまた集めることもできます。ですから、どんな財宝ざいほうよりも、本の方が、はるかに価値かちが高いのです」

 私はここでもう一度、深呼吸しんこきゅうかえし、一息入ひといきいれてさらに心を落ちかせる。

「『焚書ふんしょ』という蛮行ばんこうは、人類を衰退すいたいさせるためにしかやくに立ちません。ですから、その大馬鹿者おおばかものの貴族は、ゆるされざる大罪人だいざいにんです」

 ここまで、私の説明せつめいをみんなだまって聞いていたのだが、最初に報告ほうこくをしていた官僚かんりょうさんが、その領地での様子ようすを続けてかたり始める。

「初代様、ちょっと落ちいてください。そのフンショですが、平民の警備兵けいびへいを使って行っているようです」

 私は彼が何を言いたいかが分からず、思わずギロリとにらみつけてしまう。

「だから?」

 私のとげのありすぎる態度たいどに、彼は、若干じゃっかんひるんだ様子ようすで続きをかたる。

「で、ですから、取りまっているがわも平民ですので、表紙ひょうしだけを取りえた偽物にせものを用意して、派手はでに燃やすパフォーマンスを行っている模様もようです。そのため、実害じつがいはほとんどないそうです」

 その報告ほうこくを聞き、私は思わず目をパチクリとさせる。

「そこだけは、貴族のおろかさにたすけられていますね……。その領地の平民の様子ようすはどうなのですか?」

けがきびしくなっているので、不満ふまんがかなり増大ぞうだいしている模様もようです。もしかすると、反乱はんらんぼっぱつするかもしれません」

 その内容ないようを聞き、私は今後の対応たいおうについて思いをはせる。

「では、私たちは平民を守るために、軍備ぐんび増強ぞうきょう必要ひつようになってきそうですね……。私は私のやり方で、何か方法がないか考えておきましょう」

 私がやっと落ちいたように見えた模様もようで、みんな安堵あんどめ息をいていた。

 そして、私のいかりが再燃さいねんする前にと、みんないそいで軍備ぐんび増強ぞうきょう調整ちょうせいを始めたのであった。