先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第171話 デンチ
都市ガスの一般利用が始まっていた頃。
ガイン自由都市は、なおも拡大と繁栄を続けていた。
そのため、平民たちの間では、以下のように囁かれるようになっていった。
「もう王都を超える規模になったのでは?」
そして、ガイン自由都市のことを、国一番の大都市と称えるようになった。
昨年、カズシゲの妻であるミリアさんが六十四歳で天に旅立っており、最愛の妻を喪ったカズシゲは、それからめっきりと老け込むようになってしまっていた。
そして、少し前に、七十歳を目前にしてカズシゲも、また、天へと旅立っていった。
私はエストとの約束をきちんと守り、今回も笑顔で送り出すことに成功していた。そんな私の様子を見た家族たちは、号泣と言っていいほどの涙を流してくれていた。
また、この頃になると、次亜塩素酸ナトリウムの応用研究も進んでいて、塩酸が安定して得られるようになっていた。
そのため、水素ガスの研究が一段落した私は、新たな研究テーマとして、塩酸の応用を考えるようになっていた。
「やはり、『電池』を作るのがいいでしょうね。目指すは『乾電池』ですが、まずは基礎的なものから始めるとしましょう」
開発目標としては、放電が可能な電池の作成が第一段階、充電も可能な蓄電池の作成が第二段階とした。
電池の基本的な原理は、以下のようなものである。
まず、溶けやすさの異なる二枚の金属板を用意する。
そして、電解液と呼ばれる、金属板を溶かすための酸を用意する。
溶けやすい方を負極側、溶けにくい方を正極側に設置し、その間を電解液で満たす。
そうすると、負極側から金属が溶けだし、電子を放出する酸化反応が始まる。
この時、負極と正極を電線で繋いでおくと、放出された電子が正極側に移動する。
その結果、正極側で電子を受け取る還元反応が進む。
このようにして電子の流れが発生し、その反対方向に電流が流れるのである。
子供の頃に科学実験として、果物と二種類の金属板を使い、簡単な電池を作成した経験を持つ人も多いのではないだろうか。
あれは、電解液として果物に含まれる酸を利用しているので、まさにこの原理を単純化して実現している。
金属板の溶けやすさをイオン化傾向と言い、この差が大きいほど起電力と呼ばれる電圧が高くなり、優秀な電池となる。
つまり、溶けやすさの差によって電子の流れを作っているのが電池である。
溶けやすさの差を大きくするために強酸が必要になってくるので、塩酸があればある程度の性能の電池が作れるはずだ。
しかし、現代の地球だと、電解液には塩酸ではなく硫酸が一般的に利用されている。
これは、揮発性と呼ばれる蒸発のしやすさを表した性質が影響している。
揮発性の高い塩酸を使用した場合、電解液が減ってくると、塩酸そのものを追加する必要がある。
しかし、揮発性の低い硫酸であれば、蒸留水を加えるだけで良くなるため、ランニングコストが抑えられるのである。
「やはり、『硫酸』も欲しいですね……」
硫酸は硫黄を酸化すれば、化学反応式の上では作れる。
しかし、一般的な酸化反応では、二酸化硫黄やそこから作られる亜硫酸までは作成できるのだが、硫酸を作ろうとすると、そこからさらに酸化反応を進めなくてはならない。
この反応が難しく、何らかの触媒が必要になって来るはずなのだが、残念ながら記憶していない。
ちなみに、私は覚えていなかったことになるのだが、この触媒には、酸化バナジウムという鉱物が利用される。
このことから、硫酸の安定した生産には長期的な基礎研究が必要になると判断し、キョウジュの一人に丸投げする予定である。
「新たな研究テーマも決まったことですし、張り切って研究を進めますか……。いつまでも、気落ちしてはいられませんからね」
こうして、私はカズシゲを喪った悲しみを振り払うべく、新たな研究に没頭していくのであった。