Novels

先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~

第92話 永遠の初恋

 エルクの葬式そうしきが終わってから、一年ほどが経過したころ

 愛する夫を失ったルースは、最近、めっきりとんでしまっていた。体も徐々に弱っていき、寝込んでしまう日が増えた。

 そんなある日。

 今日は調子ちょうしの良さそうなルースと私とエストの三人で、ベランダでお茶を楽しんでいた。

 そんな中、雑談ざつだんの一つとして、ルースが昔話むかしばなしを始めた。

「ヒデオ、私があなたに求婚した日のこと、覚えている?」

 私はそれに大きくうなずきを返しながら同意する。

「ええ、もちろん。私の長すぎる寿命じゅみょうを使ったとしても、一生、忘れることができないでしょうね」

 そして、私は少し微笑ほほえみを返し、この話題の感想を語る。

「しかし、あなたとエルクはやはり夫婦ふうふですね。エルクとも、以前、同じような話をしました」

 ルースは少しおどろいたような表情になり、確認を取る。

「それは、どんな内容だったの?」

「エルクと二人きりで話した内緒話ないしょばなしなので、私が墓まで持っていきますよ?」

 私がそう言うと、ルースはいたずらっぽい表情になり、このように未来予想を語った。

「それは残念ね。じゃあ、あの世に行った時に、エルクから直接聞くことにするわ」

 その返答を聞いていたエストが、少しつらそうな表情になってこう語った。

「お母様にはまだまだ元気でいてもらわないと、私がこまってしまいます。ですから、そのようなことは言わないようにしてください」

 それを聞いたルースは微笑ほほえみを返し、少しさとすような口調になって語る。

「でもね、エスト。この国でのヒム族の寿命じゅみょうから考えたら、私もそろそろ寿命じゅみょうのはずよ? でも、そうね。もう少しだけ、頑張がんばってみるわ。だから、そんな顔しないで」

 それを聞いたエストは少し安心したような表情になり、続けて質問をする。

「おじい様とお父様とお母様が、若いころからずっと親友だったのは聞いていましたが、そんな三角関係もあったのですね。でも、お父様と結婚したということは、おじい様はお母様を愛してはいなかったのですか?」

 それを聞いたルースはクスクスと笑いながら、りし日の真相しんそうを語る。

「そんなことはあり得ないわ。ヒデオは絶対に私にぞっこんだったはずよ? とても分かりやすくて、可愛かわいらしかったのよ?」

 エストは興味津々きょうみしんしん様子ようすになり、若干じゃっかん前のめりになりながら続けて質問をする。

「そうだったのですか? おじい様」

「ええ。私はルースを心から愛していました。しかし、ルース。私はそんなにも分かりやすかったのですか?」

 ルースは少し笑い声が大きくなり、本当に楽しそうに教えてくれる。

「もちろんよ。だって、ヒデオ。私があなたに微笑ほほえみかけると、それだけで、あなたはほほめて視線をそらすのですもの。その仕草しぐさが本当に可愛かわいらしくて、何度抱きしめようと思ったことか」

 そんな私たちの昔の様子ようすを聞いていたエストは、とても意外そうな顔になり、さらに続けて私に質問をする。

「それでは相思そうし相愛そうあいじゃないですか。それなのに、なぜ、おじい様はお母様と結婚されなかったのですか?」

 私はエストの方向に顔を向け、その理由を簡潔かんけつに語る。

「私は年を取ることができないのが、おもな理由になりますね」

おもな理由ですか? では、他にも理由があるのですか?」

 私はそれにうなずきを返し、続きを語る。

「ええ……。知っての通り、私は先祖返りです。里に伝わる言い伝えでは、先祖返りはほとんど子供ができません。できたとしても、先祖返りは生まれません。そのため、子供の方が、寿命じゅみょうの関係ではるかに早くくなってしまいます。私はそれが、どうしてもいやだったのです」

 そんな私たちのやり取りを聞いていたルースが、ここで補足ほそくを加えてくれる。

「今なら、ヒデオが言っていたことも良く分かるわ。男性のヒデオが年を取らないのに、女性の私だけが年老としおいていくのが、これほど残酷ざんこくなことだとは、あの時は分かっていなかったもの。ヒデオの言うことが正しかったのね。それに……」

 そう言ったルースは視線を少し下に下げ、ルースなりの解釈かいしゃくを付け加えてくれる。

「幸運に恵まれて、自分の血を分けた子供ができてしまったら、その子を先に見送ることだけは、とても耐えられそうにないと言っていたヒデオの言葉も、今なら良く理解できるわ」

 そして、ルースは顔をこちらに向けて続きを語る。その顔は、どこか少しさみしそうだった。

「だって、血のつながらないはずの孫たちでさえ、あなたはとても愛しているものね。これでは、いつか、エストやメイが旅立った時がとても心配になるぐらいよ?」

 それを聞いたエストは大きくうなずき、同意をしめしている。

「確かにそうですね……。私はおじい様が年を取らないのがとてもうらやましかったのですが、いいことばかりでもないのですね……」

 そして、エストは私とルースの顔を順番に見てから、さらにあの日の出来事の昔話むかしばなしをねだる。

「お母様、おじい様。お母様が求婚した時のエピソードを、もっと聞かせてはもらえませんか?」

 ルースはそれに微笑ほほえみを返しながら応じる

「ヒデオは私にぞっこんなのに、いつまでたっても求婚してくれないから、私、待ちきれなくなって、自分からヒデオに求婚したの。あの時は自信満々じしんまんまんだったのよ? ヒデオを分かっていた?」

 私は頭をり、それを否定する。

「いえ……。残念ざんねんながら、全く分かっていませんでした」

 ルースはそんな私の目をじっと見ていて、あの時の情景じょうけいを思い出しているように見える。

「だから……、ね。ヒデオに結婚できないと言われた時は、悲しいというよりは、信じられないって気持ちでいっぱいだったわ。何で私の気持ちにこたえてくれないのって思ってしまったら、涙が止まらなくなってしまったの」

 ルースはここで視線を少し下に落とし、あの時の真相しんそうを語ってくれる。

「でも……、ね。私の幸せそうな顔さえ見せてくれれば、自分は満足だってり返すヒデオを見てね、少しだけ、納得なっとくしたの。だって、あんなに優しい口調くちょうなのに、今にも泣きそうな顔で説得を続けるのですもの」

 そんなルースの心情しんじょう吐露とろに、私はかつてエルクと話した内容が思い浮かび、そのことを指摘してきしてみる。

「それはエルクにも指摘してきされたのですが、そんなにもつらそうな顔をしていましたか?」

「ええ。まるでこの世の終わりみたいな顔をしていたわよ?」

 そんな会話を楽しんでから、二か月後。

 ルースはさらに弱っていき、静かに息を引き取った。

 その時の最期の言葉は、以下のようなものだった。

「ヒデオ、私と出会ってくれて、ありがとう。そして、ずっと親友でいてくれて、本当にありがとう……」

 そう言ったルースの顔は、夫のエルクと同様に、とてもしあわせそうだった。

 そして、この瞬間しゅんかん、私の初恋はつこいは永遠のものとなった。