先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第91話 エルクとの別れ
ルナリアの誕生から、一年ほどが経過した頃。
恐れていたことがついに起こってしまった。エルクが病に倒れたのだ。
日に日に弱っていくエルクを見た家族たちは、様々な医者を呼んで診察してもらっていた。
私も里に伝わる薬草の知識を用いて、自分で採取してきた薬草を使った強壮剤などを処方していたのだが、症状は一向に改善しなかった。
そんなある日。
すっかりと痩せてしまっていたエルクは、その寝室に私と二人きりになったタイミングを見計らって、長い昔話を始めた。
「なあ、ヒデオ。お前がルースをふった日のこと、覚えているか?」
「ええ、もちろん。私にとっても忘れられない出来事でしたから」
エルクはこのように前置きをした後、あの日の裏話を話し始めた。
「端から見ていればな、お前らが両想いだったのはバレバレだったんだぜ? ヒデオはルースの気持ちを知っていたのか?」
私はそれに一つ頷きを返し、昔話に応じる。
「ええ、私もそこまで鈍感ではありませんから。ルースがずっと、私からのプロポーズを待っていたのは気づいていました」
「やっぱりな……。だからな、俺はずっとこう思っていたんだ」
そして、エルクは一つ息を吐いてから、こう言い切った。
「ヒデオは何で、さっさと結婚を申し込まないんだよ? 何をやっているんだよ、このヘタレが、ってな」
そして、エルクはクククと少し笑ってから、その続きを語る。
「そんな日々を送っていたら、ルースが大事な話があるからヒデオの家に行くって言いだしただろう? あの時はこう思ったんだよ。ああ、ついにルースが我慢できなくなったか、本当にヒデオは何をやっているんだってな」
私もあの時のことを思い出し、その内心をエルクに語り掛ける。
「今になって思い返してみれば、おそらく、あの後の話の内容が私にも分かっていたのでしょう。ですから、もう少しこの関係を続けたいと願ってしまい、逃げ道として、エルクに同行をお願いしたのだと思います」
エルクもあの時の内心を語ってくれる。
「そうだったのか……。実はな、俺はずっと小さい頃からルースのことが好きだったんだよ。だから、あの時は、ついにこの時が来ちまったか、俺の失恋が確定するなって思ったんだが、それでも、せめてその瞬間に立ち会いたいと思ってな……」
エルクはその時の感情を思い出したのか、少しだけ辛そうな表情になり、さらに続きを語った。
「何を喋っても恨み節になりそうだったから、ずっと黙って、お前の家まで行ったんだよ」
ここで一息ついたエルクは、何かを思い出しているような雰囲気でしばらく天井をじっと見つめてから、さらに続きを語る。
「そうしたら、お前はルースに向かって、自分は結婚できないって言うじゃないか。その時、俺は思ったんだよ、これはチャンスだと。何かがおかしいとは思ったんだが、それでも、ヒデオがルースを選ばないのなら、ここでルースを慰めれば、俺のものにできるはずだってな」
そして、エルクは少し思い出し笑いをしながら、ゆっくりとした口調で語り続ける。
「そこで口を開きかけたら、盛大にルースをふったはずのお前が、ルースを愛しているからこそ結婚できないなんて言い出すじゃないか。本当に意味が分からなかったよ。だから、ルースを慰めるはずの言葉も引っ込んでしまったんだぜ? ヒデオは気づいていたか?」
私はそれに首を振って否定する。
「いいえ、全く気づいていませんでした。と、言いますか、それどころではなかった、というのが、真相でしょうか」
「まあ、そうだろうな。俺もお前が年を取らないって聞かされた時には、とても驚いたからな」
ここでもう一息ついてから、エルクはまた続きを語る。
「でもな、こうも思ったんだよ。男なら、年老いていくルースを愛し続けられるはずだってな。だから、文句を言ってやろうと思っていたら、何度も優しい声で説得を繰り返すじゃないか」
エルクはここで顔を私の方へ向け、私の目を見るようにしながら語り続ける。
「でも、それだけなら、俺はお前を張り倒してでも結婚させるつもりだったんだよ。しかしな、あんなに優しい声なのに、顔だけは、とても辛そうに何度も何度も説得を繰り返す姿を見たら、そんな気も失せたんだよ」
エルクはじっと私の目を見ている。しかし、その目線は、私を通してその背後の在りし日の姿を見ているように感じられた。
「そして、俺も気づいたんだよ。ああ、こいつは、本当にルースのことを愛しているんだなってな。だからこそ、共に年老いてゆける人と結婚して欲しいと、心から願っているんだなってな」
ここまで一気に話したせいか、エルクは少し息が上がってしまっている。私は少し間を持たせるためにも、あの時に思っていたことをエルクに語り掛ける。
「そうだったのですか……。私は全く気づいていませんでした。ただ、不思議には思っていたのです。エルクが私を殴り飛ばすぐらいのことはするだろうなと、覚悟していたのです。ですから、最後まで黙ってやりとりを聞いていたのがなぜなのか、ずっと分からなかったのです」
私はここでエルクに微笑みかけ、話を切り上げようとする。
「そんなことよりも、エルク。あまり長話をしてしまうと、体に障ってしまいます。昔話もこれぐらいにして、もう体を休めてください」
しかし、エルクはぜいぜいと息をしながら、続きをさらに語る。
「もうちょっとだけ、話をさせてくれ。あの時の俺は、お前だけが年を取らないって意味を、良く理解できていなかったんだなって、今なら分かる。だから、ヒデオ、礼を言わせてくれ」
そして、エルクはじっと私の目を見て、すこし目礼をするようにしながらお礼を口にした。
「ありがとう……、あの時、ルースをふってくれて」
そんな長話をしてから、ひと月ほどがたった、ある日。
家族全員が見守る中、眠るようにして、エルクは静かに神様のおわす天へと、旅立っていった。
その時の最期の言葉は、以下のようなものだった。
「ああ、楽しい人生だった、みんな、本当にありがとう……」
そう口にしたエルクの顔は、本当に楽しそうだった。