先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第10話 魔法の改良
そして翌日。予定通りに魔法講座の二日目が始まった。
「今日は魔法の方向を変化させる方法を伝授する。手順は単純なのじゃが、鍛錬が必要じゃ。魔力制御で方向を変えれば良い。これができれば魔法の使い道がぐっと広がるので、必ず習得するようにの」
祭司長がそのように説明してくれて、その後、そのまま実演となった。
実際に発動して見せてくれた強風の魔法は、八十センチぐらい離れた位置で直角に曲がる様子が、風そのものは見えなかったが、魔力の流れで感じる事ができた。
「では、祭司もやってみよ」
その指示に従い、何度か試してみる。三回目ぐらいでなんとなくではあるが、こんな感じかな? という感触が得られた。
そこで、その次は全力で魔力を操作しながら魔法を発動してみると、二十センチぐらい離れた位置の強風が、三十度ほど曲がったのが感じられた。
(ぬぬっ。これ、結構難しいですね……)
ただ曲げるだけなら簡単そうに思える。しかし、問題は距離だ。発動している手から離れるほど、魔力の制御の難易度が跳ね上がる。
「祭司長様、離れた位置の魔力制御が難しいです。何かコツのようなものがありましたら、教えもらえませんか?」
そして、祭司長の方を振り返って見てみると、目を見開きながら呟いていた。
「まさか、そこまであっさりとできるとは……」
(え? これっておかしいのですか?)
私の怪訝そうな表情が見えたのか、祭司長は何事もなかったように一つ咳払いをした後、こう言った。
「これは精進あるのみじゃな。頑張るのじゃぞ?」
魔法のない世界の記憶を持つ私としては、魔法を発動できる事自体がとても楽しい。
なので、祭司長のそのアドバイスに対し、私は嬉々として頷きを返した。そして、そのまま魔法の練習を続ける。
どのくらいの時間が経過したのだろうか? 夢中になって数え切れないぐらいの魔法を連発していたら、少し体がだるくなってきたような気がする。
私はここで、ハッと気づいた。
楽しさの余り、また気絶するまで魔力を使ってしまったら、間違いなく祭司長の超ド級の雷が落ちてしまう。
その事も怖いが、それ以上に、祭司長に呆れられてしまい、完全に嫌われてしまう事がなによりも怖くて仕方がない。
そのような思いを巡らせ、練習を中断して、そっと祭司長の様子を確認してみる。
私が無理のない範囲で魔法の練習を中断できた事が確認できたのだろう。祭司長は少しだけ笑顔になり、ウンウンと頷いていた。
その後、少し真面目な顔になり、私に念を押し始めた。
「きちんと魔力の残り具合を意識できたようじゃな。じゃが、ここで気を抜くでないぞ? これからも、気絶するまで魔力を使うような真似は許さぬ。良いな?」
その言葉を聞いた私は、信用をものすごく失ってしまっている事実に、ここで初めて気がついた。
少ししょんぼりとしてしまった私は、ちょっとだけ俯き加減になってしまう。
そんな私の頭に祭司長は手を乗せ、優しく撫でてくれた。
なんだかそれが嬉しくなってきた私は、もう少しだけ祭司長に甘えてしまいたくなり、左手をそっと差し出して、撫でてくれていた祭司長の右手と繋いでみる。
上目遣いになりながら祭司長を見てみると、なんだかとても嬉しそうにしているように見える。
それにとてつもない安心感を覚えた私は、仲良く手を繋いだままゆっくりと歩きだし、二人の家へと歩を進めた。
そして翌日。今日も魔法を教えてもらおうと、上機嫌で祭司長に詰め寄った。しかし、祭司長は、このような無慈悲な宣言をした。
「今日の勉強は儀式についてじゃ。おぬしは魔法が大好きじゃろうから、そっちについては心配しておらぬ。むしろ、やりすぎを心配しておるぐらいじゃ。じゃから、これからの祭司の仕事になる儀式について、今日は勉強するように」
そして、儀式の進め方や祭壇の整え方、祝詞の勉強が始まった。
(トホホ……。ああ、魔法をぶっぱなしたいです)
そうやって、ひと月が経過する頃になると、初級と呼ばれる魔法は全て習得していた。今日の魔法の講義が終わったタイミングで、ずっと考えていた魔法の改良案を祭司長に提案してみる。
一番簡単な、強風の魔法式をガリガリと地面に書き上げる。
「祭司長様、この部分が『強風』という意味の部分になりますよね?」
魔法式の最初の行にある、一つの魔法文を指さした。
魔法文というのは魔法式の一つの単語だ。プログラミング言語で例えるなら、トークンと呼ばれるものにあたるだろう。
「たぶんですけど、これが『関数名』にあたると思うのですよ。だから、ここを短くすると、魔法が素早く起動できるようになるはずです」
「カンスウメイ? おぬしは時々、おかしな事を口走るの」
私は強風を意味する部分を書き換えて、『あ』にする。そのまま頭の中で組み上げていき、発動してみる。
『あ』
問題なく発動できた。やはり、私の仮説は正しかったようだ。
ちょっと得意げな顔になって祭司長を見てみると、なぜかあきれた顔をしながら答えた。
「おぬしというやつは……。魔法名というものは、伝統と格式あるものじゃ。そのような美しさもへったくれもない魔法名は、今後使うでない」
「え、でも……」
「良いな?」
最近、祭司長は私の扱い方を完全に学んだようで、あの底冷えのするような声で命令する。そして、溜め息を吐きながら無慈悲な宣言をした。
「このままでは、魔法について教える事があっという間になくなりそうなのじゃ。よって、これからは魔法の勉強を減らし、儀式関連の勉強を増やす。良いな?」
私には、しぶしぶ頷く以外の選択肢が用意されていなかった。