先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第7話 魔石
そして、待ち望んだ翌日。
待ちに待った、大事な収入源を得る方法をようやく習う。
「魔石に魔力を込める方法は簡単じゃ。魔力を循環させるのではなく、そのまま魔石に向かって魔力を流せば良い」
そのような断りを入れて、祭司長が腰にひっかけている袋から魔石を取り出す。手のひらに乗せた魔石に指を添えると、魔石がどんどんと輝きを増してゆき、里の一般的なものよりもかなり輝く魔石ができた。
「魔力を込めるほど魔石から受ける抵抗が強くなり、より多くの魔力と精密な魔力制御が必要じゃ。そして、普通は心配しなくとも良いのじゃが、わしら先祖返りだけは少し注意が必要じゃ。見ておれ」
言われた通りにそのまま見ていると、魔石に変化が起こった。一瞬で罅割れが広がって行き、金色の粉になって崩れ落ちた。
「魔力を込める時、限界を超えて込めすぎてしまうとこうなる。より多くの魔力を込めると価値が上がるのじゃが、こうなってしまっては意味がないので、気を付けるようにの」
このような注意点を説明した祭司長は腰から袋を取り外し、そのまま袋ごと私に手渡した。
「まずは一つやってみよ。そして、感覚を掴むために、そのまま崩れるまで魔力を込めてみよ」
左手に魔石を乗せて魔力を流してみる。左手なのは、いつも左手から右手に向かって魔力を循環させていたため、その方が簡単そうに思えたからだ。
慎重にそろそろと魔力を流していくと、輝きが少しずつ増してきた。
(やっとここまで来ましたか……)
私はそのような感想を抱き、同時に感動しながら魔力を流し続けると、なんだか流れ難くなってきた。
より多くの魔力を使い、叩きつけるようにしながら魔力を流していく。ともすれば手のひらから逸れようとする魔力を苦労して制御しながら流れを整え、流し続けていくと、やがて魔石は粉になって崩れ落ちた。
その様子をじっと見ていた祭司長は、一つ頷くと、魔力を扱う上での注意点の説明を始めた。
「ふむ。問題なくできたようじゃの。後は練習あるのみじゃ。魔力を多く使えば使える魔力は少しずつ増えていくが、完全になくなると心臓が止まって死んでしまう。体がだるくなり始めたら減ってきた証なのでやめるように。頭痛がしてきたら気を失う前にすぐにやめるのじゃぞ? 魔力制御の訓練でも増える上に安全なので、決して無理はしないようにの」
祭司長は丁寧に教えてくれたが、少しでも早く売り物になる魔石を作りたかった私は、ほとんど聞き流していた。このことが後の祭司長の逆鱗に触れる原因となるのだが、この時の私は露ほどもそう思っていなかった。
気が急いていた私はそのまま二つ目の魔石を手に取り、魔石作りの練習を継続する。
「このくらいですかね?」
加減がまだ分からないので、ある程度流れ難くなってきたと感じた時点で魔力を流すのを中断し、祭司長に尋ねてみた。
私の初めて作った魔石を手に取った祭司長は、一瞥するとこう言った。
「これはまだ行けるぞ」
その指摘を受けたため、追加で魔力を流してみると、確かにまだ結構行けた。
調子に乗って魔力を流し続けていると、また崩れた。
(限界ギリギリって、結構難しいのかもしれません)
そのまま三つの魔石を粉に変え、四つ目に取り掛かろうと袋に手を伸ばすと、祭司長が私の手を取って止めた。
「そろそろ体がだるくなってきているはずじゃ。もうやめるように」
「いえ? なんともないです。まだまだいけます」
私がそう否定すると、祭司長は少しだけ驚いたような顔をして、こう感想を述べた。
「おぬしは年の割に魔力が多いのじゃな。まあ、やってみよ」
やってみて分かったが、限界ギリギリになるほど抵抗は増えるが、込められる魔力量も増える。
(私の将来の町ライフのために、そして、なるべく早く読書ができるように、限界ギリギリに挑戦です! 目指せ! 祭司長様を超える最高級の魔石!)
そうやって、流れる速さを変えたり、叩きつける魔力量を調整したりしながら試行錯誤を続け、気が付けば六つの魔石を粉にしていた。
視界の端にはオロオロとしている祭司長が写り込み、もうやめよ、と繰り返している声が聞こえるような気がするが、集中していた私には、それらが届くことはなかった。
体がとてもだるく、ガンガン頭痛がするが、溢れるやる気と気合と未来への希望で七つ目に取り掛かった時、突然意識がブラックアウトした。
気が付くと私は寝床に寝かされていて、すぐ側には、苦笑いを浮かべた祭司長が座って私の顔を覗き込んでいた。
「気がついたか。じゃから、あれほどやめるように言ったのじゃが……。まあ、これも経験じゃ。以後、気を付けるようにの」
祭司長は優しく注意してくれていたが、少しでも早く魔石が作りたかった私は、そんな彼女の心遣いに気づくことができなかった。
そして、それからも、私は全力で研究に取り掛かった。
四日連続で気絶するまで練習した結果、ある事に気づいた。
魔石が崩壊する直前に、それまで高まっていた抵抗が急激に落ちる。これはほんの一瞬の事で、しばらくたってから聞いてみたら、祭司長も気づいていなかった。
連日ぶっ倒れる私を見て、祭司長も最初こそ苦笑いだったが、やがて笑顔が消え去り、だんだんと説教の時間が増えていった。
祭司長にもらった魔石はとっくになくなり、周囲の大人にねだって余った魔石を分けてもらい、魔石に魔力を込め続けた。
六日連続で気を失った私の傍には、祭司長のものより光り輝く魔石が転がっていた。そして、そんな私を見下ろすような形で、額に青筋を立てた祭司長が、待ち構えるようにして腕組みをして立っていた。
「この大馬鹿ものが!! 何度も言うておろうが!! この魔石は没収じゃ!! とりあえず、わしが良いと言うまで、しばらくおとなしくしておれ!!」
温厚なアルク族としては珍しく、マジギレしている祭司長の剣幕に恐れおののいて、コクコクと黙って首を縦に振る。
「もし、次に気絶するような事があれば……。分かっておるな?」
生まれて初めて聞いた、底冷えのするような声での念押しに、私は冷や汗をダラダラと流しながら、涙目でコクコクするだけのマシーンになる。
それからの私は、しばらく祭司長の怒りが収まるまでほとぼりを冷まし、弓の扱いの基本や、森で採取できる食べ物や薬草を大人に習いながら、暇を見つけて、慎重にセーブしながら魔石に魔力を込め続けた。
次の行商人が来る頃には、二十個ほどの光り輝く魔石ができていた。私は初めて自分の作ったもので買い物をする嬉しさのあまり、上機嫌で市に向かっていた。
私の魔石が入った袋を見たアレンさんは、若干頬を引きつらせながら、こう言った。
「お前は買占めでもするつもりか?」
どうやら、調子に乗って作りすぎたようだ。
「では、インクと上等な布を仕入れてきてください」
私はそのようにお願いし、前金として半分の魔石を渡した。
次にアレンさんがやって来た時には、青い布とインクを仕入れてきていた。
「この布はな、なかなかの高級品だぞ? 布を鮮やかな色に染めるためには、何度も染め直す必要があるからな」
アレンさんは続けて説明してくれる。
「ただ、中でも鮮やかな赤い布は、お貴族様でなければ身に着けてはいけないんだよ。まあ、この里だと、そんな事は知ったこっちゃないんだけどもよ。それでも、しがない行商人の俺がお貴族様の布を仕入れるのも難しいからな。それで、この色の布にしたんだよ」
この布は祭司長と私の儀式服に加工された。なんだか少し、成金になった気分だ。